第25話 始動準備

「ねえねえ、お婆様! お父様はどこ?」


「あぁ……今、出て行ったばっかりだよ」


「えぇー⁉ さっき帰ってきたばっかりなのに……すぐまた何処かに行っちゃう……」


「仕方ないさ。お前のお父さんは皆に頼りにされているヒーローだからね」


「ヒーロー……?」


「そうさ! だからお前が大変な時も、きっと助けに来てくれる」


「じゃあ、今大変! だって寂しいもん!」


「それじゃあ駄目さ。助けられるのを待ってちゃ、お父さんはいつまでたっても、帰って来やしないよ?」


「じゃあ……どうしたらいいの?」


「フフ、強くなるのさ! そうすれば本当に大変な時、お前を助けに来てくれる。だから、ちゃんといい子にしているんだよ……レイ」





 転生者の朝は早い。


 小鳥がさえずる優雅な朝……カーテンの隙間から差し込む日の光がオレの瞼を照らす。その光は心地よい睡眠を妨害する侵略者。普通ならカーテンをきっちり閉め、二度寝にしゃれ込むところだろう。だが、転生者はそんなものに屈しはしない。


 オレはすぐさま眠気を吹き飛ばし、カーテンを一気に開く。こちらから歩み寄りさえすれば、睡眠の妨害者は一転して明るい微笑みに変わる……まるでオレを祝福しているかように。


 転生者の朝は早い。


 オレは壁にかけてある一張羅を手に取り、男としての身だしなみを整えて寝室の扉を開く。すると甘美な香りが鼻腔をくすぐってくる……どうやら食事の準備は万端の様だ。

 

 階段を下りていくと「おはよう、ダンちゃん!」と朝から元気な天使の登場だ。そんな可愛げな挨拶にオレも「おはよう、イニーちゃん」と、天使を卒倒させるかの如きイケメンスマイルで返す。これならどんな女の子もいちころサ。


 転生者の朝は早い。


 早いからこそ睡魔って奴は未だにオレに寄り添いやがる。そんな眠気を覚ますには決まって頼むものがある。どうやらコイツがないとオレの朝は始まらないらしい。

 

 オレはカウンター席に座り、颯爽と例の物を注文する。

 

「モーニングコーヒーを一つ」

「何、優雅にキメてんだバカタレ。今、何時だと思ってんだい? もう昼過ぎだよ……」


 オレはズッコケた。一連のコントが終わったかのように。


「っておい! もう昼過ぎてんのかよ⁈」

「昼過ぎどころか、もう半分以上終わってんだよ、このすっとこどっこい。いつまで寝てんだい、まったく……」


 なんということだ。せっかく貴重な休日を優雅に過ごそうとしていたのに……つってもオレは年中無休みたいなもんだけど。


「ハッハッハ、相変わらず面白いな青年! いや、ダン君だったかな?」


 隣の席で軽快に笑ったのは、いつぞやの帝国のおっさん。確か名前はオールド・ローだったか。


「よお、おっさん。相変わらず暇そうだな」

「いやぁ~、これでもちゃんと仕事してるんだよ? あとおっさんじゃないからね。まだギリギリ二十代だから」


 だからもう十分おっさんだよ、それは。妙にこだわるな……


「それよりダン君。なんだか有名人になってるみたいじゃない? 聞いたよ……噂」

「あぁ……どうせ碌な噂じゃないだろ? 聞きたくもない……」

「いやぁー面白いよなー。あの偽皇帝が流した噂が半時も経たずに卑怯な男に変わるってんだから、何をやらかしたらそんなことになるのかって……思わず笑っちゃったよ俺は。ハッハッハ!」


 ローは嫌味ったらしく笑いながら飲み物を口に運ぶ――っていうかコレ……匂い的に酒だろ? 昼間っから酒を飲むことのどこが仕事なのか……相変わらず胡散臭い奴だ。本当に帝国の人間なのかコイツは?


 どうにも怪しいので少しばかり問い詰めてみることにした。


「なあ、おっさんってこの辺に住んでんのか?」

「いや? 住まいは帝国さ。まあ、偶にこっちで泊まったりもするけど……」

「いやいや、おかしくないか? だって破滅の帝王率いる裏社会の連中が東西を分断してて、帝国の人間はすんなり入り込めないって聞いたぞ? 本当にアンタ帝国の人間なのか?」

「ハッハッハ! 何、俺のこと疑ってんのかい? 心外だねぇ……じゃあ説明してあげる。答えは簡単……北方ルートを通って来てるだけ。以上」

「北方って、魔人連合んところだろ? そんなとこ人間が通れんのか?」

「あそこのお姫様とは顔馴染みでね。だから俺は顔パスで通れるって訳さ」

「え、お姫様とかいんの? それって……何? 結構可愛いかったりする?」

「ああ。次期魔人連合総帥になれる程のお人さ……ちなみにめちゃくちゃ可愛い」

「おお、マジでか⁈ いつか会ってみてえなぁ……」

「心配しなくてもダン君が噂通りの男なら、いずれ向こうから来るんじゃない?」

「そうか……モテる男は辛いねぇ……」

「ポジティブだねぇ、君は。結構、一大事だったりするんだけど……」 


 最早オレは聞いてなどいなかった。いずれ相見えるであろう可愛いお姫様に心を躍らせていたからだ。


「お……おはよ……ござい……みゃす……」


 後方から急に可愛らしい声が聞こえてきたと思ったら、こちらの眠り姫であるレイが漸くお目覚めのようだ。まさかオレよりお寝坊さんだとは思わなかったぞ。


「おはようレイ。よく眠れたかい?」

「はい……わたし……よく……ねみゅ……」


 リリーに問いかけられたレイは目をこすりつつ、ふらつく足取りでオレの隣に座った。


「おいおい、どうした? 何か凄いふにゃふにゃしてるぞ? 別人みてえだな……」

「フフ……レイちゃん朝弱いから、いつもこんな感じなんだ~。可愛いよね~」

 

 イニーちゃんは微笑みながらレイの頬を突っつく。なんか絵になるな……尊い。


「イニー。レイも起きてきたことだし、二人分の食事を出してやりな」

「は~い!」

 

 昨晩の取っ組み合いで腹が減っていたオレとレイは、イニーちゃんが用意してくれた食事を一気に頬張り始める。すると――


「で、アンタこれから仕事どうすんだい? このままじゃ家賃、払えないだろう?」


 ――急に気でも狂ったかのような発言をしてくるババアによって、オレは持っていたスプーンをカウンターの上に落としてしまう。


「家賃……だと……? そんなシステムがあるなんて聞いてないぞ⁉」

「いや、普通あるだろ。どこの世界から来たんだアンタは……まさかタダで居座ろうなんて思ってないだろうねぇ?」

「……思ってたけど?」

「思うなよ。どんだけ図々しいんだ……」

「まあ、別に働く必要なんてないんじゃね? だってオレは不死身な訳だし。いるだけで価値ってもんがあんだろ?」

「働かなきゃ、食う飯だって美味くならないだろうよ?」

「何を言ってるのかね、リリー君。働こうが働かまいが、飯の味が変わるわけないだろう? もう少し勉強したまえ」

「ほう……そこまで生意気言うなら、もう一人で生きていけるね? だったら今すぐ出ていき――」

「すいませんでしたああああッ! 追い出すのだけは勘弁してくださああああいッ!」


 オレは恥も外聞もなく速攻で土下座した。横でオールド・ローが大爆笑してたが、そんなこと関係なくオレは土下座をした。


「ハァ……お前はもう少しプライドってのを持て」

「フッ、オレはすぐに過ちを認めることが出来る……そんな男さ!」

「土下座しながらカッコつけてんじゃねえよッ! ったく……こんなバカに普通の仕事はさせられないねぇ。どうしたもんか……」

「――その心配には及びませんよ、リリーさん。これから仕事の時間ですから」


 いつの間にか元の状態に戻り、口を挟んできたレイに対し、リリーは特に疑問を抱かずに聞き返す。


「仕事って……盗みのことかい?」

「はい。上手くいけば大金が転がり込んできますんで家賃の心配はないかと。そんな訳で早速行きましょうか、旦那?」


 やる気に満ち溢れているレイは、準備万端と言わんばかりに、勇みながら立ち上がった。


「え? 行くって……今からか?」

「ええ、勿論。ですがその前に武器屋に寄ります。武器を預けているのでね」


 その目には今までのレイとは違う、確固たる信念と気迫を感じた。どうやら本気のようだ……それなら答えは一つ。本気の奴には本気で応える……それがオレの流儀だ。


「フッ、思い立ったが吉日ってやつかね。まあ、契約もしたことだし。そういうことなら、いっちょ稼ぎに行きますか!」


 土下座モードだったオレは床を叩きつつ、レイに同意するように勢い良く立ち上がる。


「そうかい。なら行ってきな。ただし、ダン……アタシの名を冠している以上、みっともない負けは許されないよ? バシッと決めて、いい男になりな!」


 この前と同じこと言ってんな、このババア……その台詞、気に入ってんのか?


「ハイハイ……まあ見とけって。たんまり稼いで一生分の家賃、一括で払ってやるからよ! なあレイ?」

「ええ、行きましょう!」

「いってらっしゃーい! ダンちゃん! レイちゃん!」

 

 イニーちゃんによる天使の見送りを受けたオレとレイは、この世界に来て初めての大仕事をする為に颯爽と宿屋を後にした。

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