第12話 別つ魂
あれから尾行を続けること数時間……と言っても時計がないからわからんのだが、とにかく体感で数時間……場所は変わり、街外れの森にやってきた。
てっきり隣国まで足を運ぶことになるかと思ったが、幸いなことに今いる場所はリベルタの国であり、魔物退治の任務はどうやらここで行われるらしい。
だがこの森……鬱蒼と生い茂る木々が日の光を遮断すると共に独特の暗さを醸し出していて、まるで恐怖感によって侵入者を寄せ付けないかのような空気が立ち込めており、正直もう作戦とかどうでもいいから……帰りたい! 怖いわ! と思わせる雰囲気が漂っていた。
そんな怖気づいた気持ちを奮い立たせつつ、何とかこの森に足を踏み入れたのだが……
「うーん……これは完全に迷ったな。ついでに奴らも見失ってしまった」
バレないようにと距離をとりすぎたのか、あの痴女たちを見失ってしまったようだ。クソっ……! このままではオレの作戦が……
徐々に焦る気持ちを押えつつ、しばらく探索していると――
「キャァァァァァァッッ‼‼‼」
――突如、けたたましい悲鳴が森中に響き渡る!
「今の声は……あのリーダー格の女だ!」
オレはすぐさま悲鳴がした方向へ走っていくと、そこには……
「――ぐあッッ‼」
あの筋骨隆々のおっさんが軽々と吹き飛ばされているところに遭遇した。近くには大剣を担いだ剣士が既に戦った後なのか膝をついていて、痴女三姉妹の二人は気絶しているようだ。しかし、あのリーダー格の女の姿だけ見当たらない……どういうことだ?
「おいおい、どうなってんだこりゃあ……」
『⁈……何者だ……お前は?』
ドスの利いた声の方へ振り向くと、件の魔物であろう巨体がオレの眼前に立ち塞がっていた。見た目はまるでケンタウロスのようであるが、やはりそこは魔物。体長は三メートルほどで青黒い体表をしており、一つ目で角を生やしては長く鋭利な爪までも完備しているという徹底ぶり。
そして何と言っても特徴的なのは本来、馬の首がある部分……といってもケンタウロスに元からそんなものはないのだが、腹の下の部分にあのリーダー格の女の頭が括り付けられているということだ。
まさか、やられちまったのか……? そんな思考がよぎった時、正面の木々から――
「ちょっと! 何でアンタが此処にいるのよ⁉」
――あのリーダー格の女が相変わらずの態度で姿を現した。
「うわっ、ビックリしたっ‼ 生きてたんかお前……この魔物にやられでもして取り込まれたのかと思っちまったぞ」
「は? そんなわけないでしょ! この魔物は見た者の頭を自分の体に宿して、その仲間をおびき出す擬態能力を持っているのよ!」
なるほど、さっき聞こえた悲鳴はこの魔物の能力だったのか。
「しかし、そこまでわかっててこの有り様なのか。なんて残念な奴らなんだ……」
「さっきまで泣いてた奴に言われたくないわよッ!」
お? いいね~、このボケたらツッコむって感じ? レイと別れてからツッコミ役が居なくて寂しかったんだよな~。失ってから気付くことって、やっぱりあるんですね。
【死んだみたいに言うな】
『おい、無視をするな! さっきから待っているんだが?』
「おっと悪い、悪い。で? お前がこの辺りに出没したっつー魔物か。こんなところまで何しに来たんだ? 遊び相手でも探してたのか?」
『その通り。先程は丁度いい獲物がいたのでな……我の能力でからかってやっていたのだ』
魔物の表情を読み取ることはできないが、その言動から自分の能力に相当な自信があるようだな。
「ほう、その股間にぶら下げてるヤツでか……」
「ちょっと……その言い方やめてくれる? なんか嫌なんだけど」
リーダー女が言葉通りの嫌そうな顔を浮かべながらツッコミをしてくる。
「しょうがないだろ、他に言いようがないんだから」
「いや、別に言わなくたっていいでしょ! そういう能力があるんだなってことが分かればいいんだから!」
『ちなみに言っておくが、我の股間はここではない』
まさかの魔物の方から冷静なツッコミが入る。
「ほら~向こうさんに、いらぬ訂正をさせちゃったじゃないか!」
「なんでアタシが悪いみたいになってるのよ! アンタが変なこと言うからでしょ!」
『おい、痴話喧嘩はその辺にして、そろそろ本題に入ろうじゃないか』
「痴話喧嘩じゃないわよ! 勘違いしないでくれる!」
本題入る気ないでしょ、この魔物……こうなってくると人類代表としてオレも引くわけにはいかないな。
【何の代表だよ】
「ええ、実は明日……結納なんです」
「違うわよ‼ 何、勝手に話でっち上げてんのよ‼」
『ほう、そうなのか。それはおめでとう』
「あぁ、こりゃあご丁寧にどうも」
オレと魔物はお互いにお辞儀する。
「仲良しかっ‼ 何なの、このコンビネーションっ⁈」
リーダー女は魔物にも怯まない、怒涛のツッコミを披露する。フッ……心なしか魔物も嬉しそうだ!
【さっき表情読み取れないって言ってただろ】
「まあ、冗談はこのくらいにして」
「ハァ……何なの、この無駄な会話? アンタと喋ってると全然話が先に進まないんだけど!」
「いや、なんか向こうが凄いノッてくるから――」
「もういいからッ‼ で⁉ アンタは何で此処に来たのかしルァッ⁉」
物凄い形相で話を軌道修正してきたな……女の子がしていい顔じゃないぞ。
「そうそう、オレはこの魔物をブッ倒しに来たんだったわ。このまんまだと無職だからな! 実力行使でやっちまおうって作戦だ」
「安直な作戦ねぇ……」
今度は見事な呆れ顔を披露するリーダー女。表情がころころ変わって、最初に会った時より好感が持てるな。
『フッ、良いのか? 今なら見逃してやらんこともないが……』
魔物は大層な爪を持っている腕を震えさせながら、今までの空気を一変させて臨戦態勢を整える。
「どうした? 震えてるぜ?」
『武者震いだ。貴様と戦えることへのな』
「いいね……やっぱアンタ、ノリがいいよ」
オレは笑いながら魔物相手に構えると、互いに睨み合うような形で相対する。
「ちょっと、アンタなんかが勝てるわけないでしょ! やめなさいよ!」
「そういう訳にはいかんのよ。このまま帰っても住む場所どころか金も無いんでな」
「だからって命投げ出す方がおかしいわよ!」
「え? じゃあ、お前ん家泊めてくれんの?」
「それは嫌」
「じゃあ、言うんじゃ――」
――ザシュッッ‼
……ん? なんか……エグイ音……がっ……
『戦いはもう始まっているんだぞ……人間』
――ブシャァァァァァァァァァァァァッッ‼‼‼
どうやら余所見をしている間に魔物の鋭利な爪が、凄まじいスピードでオレの首元を斬りつけていったようだ。痛みを感じる暇もなく大量の真っ赤な鮮血が、美しい放物線を描くように首元から噴射されていて……それを見た瞬間、オレの体は力が抜けたかのようにその場にぶっ倒れた。
「キャァァァァァァッッ‼‼‼」
リーダー女の叫び声が黒き森にこだまする……今度は本物の方の声が……
「オイッ、この魔物は強すぎる‼ ワシらでは無理じゃッ‼」
「ここは撤退しようッ‼」
ようやく起き上がったおっさんと剣士が、三姉妹の二人を担ぎながらリーダー女に声をかける。
「でもっ、アイツがッ‼」
「アイツはもう駄目じゃッ‼ あとは『皇帝』に任せるしかないッ‼」
そのやり取りを最後に魔物討伐チームは息急き切って撤退していった。
オレが失われつつある意識の中で最後に見たのは、リーダー女が申し訳なさそうな表情でこちらを見ている光景だった。あんな顔もできるんだな……
『悪いな人間。勝ちは勝ちだ……』
あぁ……甘かった……
なんか……ノリが良かったから……
いい奴かな……なんて思っちまったが……
やっぱり……魔物は……魔物……
力を……使いこなせない……奴が……
戦っていい……相手じゃ……なかった……
【そんな……嘘だろ……】
あぁ……意識が……
【いや、ありえない……】
遠のいて……いく……
【これでは……繋がらなくなる……】
…………――――――――
――――――
――
【バカなッ⁈ ここで終わるはずは――】
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