第6話 令和三十年 隣国
日本の農業は、農水省と、生まれ変わって真農協と社名を一新したJAによって復活を見せた。
しかし元々が外国に食料を頼り切っていた日本。元々の食料自給率の低い日本では、それだけでは全然足りなかった。
自給率の上昇にプラスして、日本でかねてから問題になっていた食料廃棄の改善に取り組んだ。
スーパーなどから出る野菜や肉、魚や果物、そして賞味期限のまだまだ残っている食品の廃棄。
肉や魚は原則として冷凍販売、果物も冷凍できるものは冷凍で、出来ないものは十度以下で陳列。果物が熟して売れなくなるなんて許さなかった。
緑の葉物野菜については外側の色が変わろうが萎れようが値下げして販売。牛乳や納豆なども賞味期限当日まで値下げして売り続けた。
カップメン、パスタ、ポテトチップなどは賞味期限が過ぎても値下げして売った。
食べ物を無駄にしてはならない。
世界的食料危機の中で、賞味期限を問題にしているのは日本だけだった。他の国ではスーパーに食料なんて並んでいなかったのだ。
世界では食料は店に並んだ瞬間に売り切れ、ダンボール箱から出す前に売り切れ、輸送中に襲撃され強奪されていた。
そんな他国をよそに日本では、スーパーにならい、コンビニも賞味期限に関しては同じ方針が取られた。
コンビニ弁当はアイス売り場に並べられ、冷凍状態で売られた。電子レンジはセルフになりポットの横に並んだ。そして電子マネーカードで10秒1円で自分で弁当を温めた。
この状況でコンビニ弁当のシステムを維持している日本に、世界が驚愕した。
クリスマスケーキや恵方巻、土用の丑の日のウナギまで、完全予約制ながら維持され、日本の食品を支える企業はなんとか利益を出し、倒産を免れていた。
世界の中で日本だけが別世界だった。盛大な恨み節が隣国から聞こえてきていた。
だが日本人は日本人で、この食品廃棄を止めただけで著しく改善された日本の食料の状況に驚いていた。
今まで知らなかったのだ。今までどれだけの、まだ食べられるものを捨てていたのか、それをやっと骨身にしみて知ったのだった。
登山
「手、あげるですよぉ、動かないよー」
山道、寺の裏山に登っているときだった。
その寺の裏山は、古くから神様の住まう山として信仰の対象になっていた。山頂には小さな神社があり、神様が祭られているという。それを聞き三人は、そこに参拝するために山を登っていた。
「みなさん動かないよー、撃つよー」
山の中腹あたり、少し道がなだらかになり開けた場所があった。そこへ木の陰から散弾銃を持った男が現れた。
「何の御用ですか?」
修生が軽く両手を上げながら言った。修生は男を観察する。男は猟師のようなベストを着ているが、いたって地味な色だ。最近の猟師は仲間の誤射を避けるために派手なオレンジのベストや帽子を身に付けていると聞いたことがあるが、本物の猟師なのだろうか。
「動くますーと、撃つよー」
男は喋り方からすると日本人ではないようだが、顔は日本人に見える。三十過ぎに見えるが、肌がツルツルと若々しく、何か違和感を感じる。
「何のつもりですか?」
修生が一歩前に出て聞いた。男との距離は五メートル以上あるだろうか、散弾銃というのも射線が読みずらい。
「動かない、わたし言ったよ!」
「どうしたいのです?」
修生は両手を軽く上げたまま、足を止めて自分が動かないのをアピールした。
「あなたたち、異世界行ってきましたー、戻ってきましたー、人たちよー」
「確かにそうですが、なぜ銃を向けるのです?」
「あなたたち、秘密知っています。わたしはー教えてほしい」
「何の秘密ですか?」
「異世界、行く、やりかたよー」
「それは全て本に書きました」
「ウソつくわー、ダメですよー!」
男は少し興奮して語尾を強めた。
「詳しく知りたければオンラインサロンに入れば聞くことが出来ます。本に書いたのと同じことしか話していませんが」
「ウソですねー、あなたわー隠してますよー」
「何も隠していませんよ」
修生は根気強く男に言葉を返す。
「日本人、いっぱいー異世界ーいきましたね、私の国、五人しかー行ってない、おかしいよー」
「それは私の知るところではありません。最初から言っています。ずっと私は言っています。必要なのは、善の心だと思うと言っています」
「それがウソよぉ! わたし良い人よぉ! 私の国、良い人たくさんいるよぉ? なんで、ひとりも帰ってこない? 五人行きました、でも帰ってこないよぉ?」
「それは、様々な理由が考えられますが、恐らくは向こうでお亡くなりになったのでしょう」
「なぜですか? 不公平よー」
「不公平? あなたの言う公平とは何ですか?」
「あなたわー秘密隠してる、あなた悪い人よー」
「私は何も隠してなどいませんが、さてどうしますか、あなたにとって悪い人の私を、あなたは銃で殺そうとしています。あなたは悪い人ではないのですか?」
「わたしは良い人よー、悪い人のあなた、殺すの、良いことよー」
「困りましたね・・・」
修生は困り果てて天を仰いだ。
「あなた! すごくお金持ってる人ね! 悪い人ね!」
何かを思い出したのか、男のテンションが急に上がった。
「私はお金など持っていませんよ、すべては未来のために使っていますからね」
「ウソはダメよー、持ってる決まってるよー」
「僧は嘘は言いません」
修生はきっぱりと言って放つ。しかし。
「それもウソよー、ウソ悪い事よー、あなた、わたしにお金あげる、わたし、あなた許すよー、殺さないよー」
「ですから、私は持っていませんので、あなたにあげることは出来ません」
「あなた、ウソつき、悪い人、絶対よ!」
長々とした会話に修生も途方に暮れかけ、銃に対する緊張感も薄れてきていた。その緊張の切れた少しの変化に、銃を構えている男も苛立ちを強くした。
「なぜ私、銃を持ってるよー、怖がらない、許さないよお?」
「どうしたいのです?」
修生が呆れながら聞いた。男はさらに苛立ちを露にする。
「三人、みなさん、後ろむくよぉ!」
男は声を荒げ、散弾銃を向けながら少し近づいてきた。三人は手を上げたまま、言われるままに後ろを向いた。
「このひと、残るよ、他のふたり、お金持ってくるよ!」
男は光鈴の背中に銃口をコツンと当てた。
「ふふっ」
光鈴は背中に当たる銃口の冷たい感覚を感じ、手を上げながら微かに笑った。
「なぜ笑ったよ!」
男が光鈴の背中に強く銃口を押し当てた。その瞬間、光鈴がクルッと体を捻った。銃の射線上から光鈴の背中が消える。「ゴンッ!」光鈴は体を回したその勢いで肘で銃を跳ね上げた。「ダーン!」男は引き金に指を掛けっぱなしだった。銃はその衝撃で空に向けて発射された。
「アギャ!」
光鈴が引き金を引いている手を軽く握る。チンナという中国武術の技、男の顔が苦痛に歪む。男はたまらず銃を落とした。
「ダンッ!」そこへ福龍の肘鉄という名の体当たり、八極拳、頂肘。男は後ろへ大きく吹っ飛んだ。
「ドーン!」
男は後ろにあった杉の大木に後頭部を強打した。男は一瞬、白目をむき、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。
「生きてますか?」
修生が心配になって声をかける。
「わたし、憎いよ、あなた、憎いよ、あなた恨むよ、許さないよ・・・」
男は苦痛に顔をゆがめ、地べたに這いつくばり、背中を震わせている。
「なぜあなたたちの国は、恨みや憎しみが正しい力だと思っているのです? いつになったら、それが正しくない力だと気が付くのです」
「恨み、正しい力ですよ、わたしたち、恨みで団結するですよ! ずっと、恨みで国を育てる、強い力ですよ。それが、わたしたちの正しい伝統ですよ!」
修生も光鈴も福龍も、複雑な表情で倒れた男を見ていた。
「この人を救うには、私はまだ修行が足りないようです。私の力のなさを、お許しください」
三人は男に向かって手を合わせ、頭を下げた。
「なに言ってるか、わからないよぉ・・・」
三人は、男と銃をまとめて木のつるでグルグル巻きにして杉の木に括りつけ、警察に通報し、あとはお任せすることにした。
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