ゴーブの守る谷 13
洞窟内はぼんやりと明るい。
光源は、等間隔に地面から生えている水晶のクラスターだ。ひと抱えほどのクラスターが壁際にあり、仄白い燐光を放って足元を照らしてくれるのだ。
そこにはかすかな地霊の力が漂っている。これもゴーブの守りなのだろう。
「……ダン」
セイが呼ぶと、ダンは足を止めた。
「なんだ?」
「ディーラは、すごいドルイドだったんだよね?」
ダンは頷いた。
「俺も、直接知っているわけじゃないけどね。城に戻ったら、騎士団と神殿に残されている記録を見てみるといい。すごさがわかる」
セイは軽くうつむいて、ロッドを握り締めた。
肩にとまっていたアードが、その顔を心配そうに覗き込む。
「セイ? どうかした?」
「……どうしたら、そんなふうになれるんだろう」
「セイ?」
意味を掴みあぐねたダンが、訝しそうに名を呼ぶ。セイは顔を上げた。
「十年前から、僕は必死で修業してきた。でも、だめなんだ」
水の精霊王ニクサの言葉が耳の奥に甦る。
――あなたの魔力はまだ足りない
そんなことは重々承知している。
ならばいったいどうすればいい。いま以上の力を得るために、自分は何をすればいいのだろう。
セイの周りには、ミルディンやロイドといったドルイドたちがいる。彼らに訊けばいいと言われるかもしれない。
だがしかし、ロイドはジェインとともに戦う役目がある。自分のために時間を割いてくれとは言えない。
ミルディンも同様だ。彼はオグマ騎士団の最高責任者。本来ならば、入団したばかりのドルイドが親しくできる相手ではないのである。
セイもクールも、ミルディンに直接掛け合ってオグマ城に連れてきてもらった。だがそれは異例のことなのだと、もうわかっている。
特別扱いを受けているといって彼らのことを快く思っていない団員もいる。直接何かを言われたことはないが、厳しい視線を向けられていると感じたことは、一度や二度ではない。
豪剣のファリースと蒼楯のエルク。かつてエリン最強の一対と呼ばれた騎士とドルイド。
クールとセイは、彼らの剣とロッドを継承した。しかしそれは実力を認められたからではない。ファリースの遺言だったからだ。
それも、クールとセイだけが聞いたもので本当かどうか疑わしいと主張する者が多く、事態は紛糾した。
英雄を突然失った騎士団員たちの動揺も騒ぎに拍車をかけた。
子供たちの処遇をどうするか、ファリースを死に追いやった元凶をこのまま城に置くのか。
心ない声からクールとセイを守ったのは、ジェインとロイドだった。ミルディンが密かに指示するよりも先に動き、子供たちを保護したのだ。
混迷を治めたのは炎の精霊王ジンによる証言だった。
ファリースの最期の言葉をこのジンが確かに聴いた、と。
さらにジンはこうも告げた。
あの男は、相手が誰であっても命をかけただろう。
混乱はぴたりとやんだ。
そして、ファリースの剣はクールに、エルクのロッドはセイに継承されたのだ。
彼らは、誰もが認める実力を持たなければならない。それが、あの剣とロッドを持つ者の義務なのだ。
チェンジリングの赤ん坊をなんとか取り戻して砦に戻ったあの日、セイはジェインに言い渡された。
いまのままでは、お前たちは絶対にフイルガスを討てない、と。
ロッドの先端にはめられた水晶を見つめて、セイは唇を噛む。
必ず仇をとる。あの遠い日に、幼かった日に、胸に刻んだ想いだ。
あれから十年。クールもセイも、必死で強くなった。技術を学び、体得し。できることはすべてやってきた。
だからこそいま壁に行きあたっている。
自分には更なる魔力を持てる器がある。間違いなくあると直感している。
けれども、いままでと同じやり方では、これ以上の力は得られない。
ならば、どうしたらいいのか。
そのことを、この五日間、セイはずっと考えつづけていた。
沈鬱な面持ちのセイの肩にダンが手を置いた。
「昔から、きみはひとりで抱え込みすぎる」
セイは目を見開いてダンを見上げる。青年は静かにつづけた。
「ミルディンはそれを誰よりもよく知っている。だから、今回きみたちをこの島に送ったんだと、俺は思うよ」
だから、この島に。ここには誰がいる。
往年の大ドルイド、ディーラ。
彼女に会って、それで。自分にいったいどうしろというのだ。
ダンはセイの二の腕をぽんと叩いて、身を翻した。
「さて、村の人たちのところに戻ろうか。ひとりほっとかれたクールが、寂しがってるかもしれないし」
わざとおどけたような口調は、セイを気遣ってのことだろう。
セイは、黙ったまま歩き出した。
風が吹く。
クールは言葉もなくレイミアを見つめた。
彼女は瞬きもせずにつづける。
「そんなに驚かなくてもいいのに」
そうして彼女は、川岸にしゃがみこんだ。
「知ってるわよ。私が生まれるずっと前にチェンジリングにあって消えた、二番目の兄。みんなは死んだって言ってたけど、エルクだけは違った」
二十も年の離れた兄は、休みのたびにこの島にやってきた。祖父母に引き取られた妹に会うために。
――小さなレイミア、俺たちにはもうひとり兄弟がいるんだ。いまは行方が知れないけれど、いつか見つけだして、必ず連れて帰ってくるよ……
「エルクが戦いで死んだとき、私はまだ四っつで。だから、ほとんど覚えてないの。でも、最後に会ったときのことは覚えてる」
背の高い兄は、ひとりの友人を連れてきた。
クールを見上げて、レイミアは微笑む。
「エルクより背が高くて、抱き上げてもらったわ。すごく優しくて。お嫁さんにしてもらう約束をしたのよ。その次の月に、エルクが死んだって報せがあった」
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