第8話 早く帰りたい時に限って厄介事が舞い込んで来る件について



「あぁ……いつまで歩けばいいんじゃぁ……」

「そういうこと言わないでよ……よけい……疲れるでしょぉ……」



 ゴブリンを全て倒したのはいいが、僕らは未だに迷宮をさ迷っていた。

 とりあえず血を集めるという当初の目的は果たしたわけで、迷宮から脱出することに。しかし飛ばされた階層がこれまた無駄に広い。まじで広い。

 かれこれ二時間は歩きづけているのだが一向に出口は見える気配すらないという有り様だ。



「あぁ本当に疲れたのじゃ……てっとり早く転送とか出来んのか」

「無理でしょ。そもそもまずこの階層の入り口にすらたどり着けてないんだし」

 

 メアリーはもう限界と言いたそうに項垂れた。

 まぁ彼女の言い分も分からないでもない。この荒れ果てた光景を見るだけでもげんなりするのに、延々と続く緩やかな坂道を歩き続けているのだ。

 そりゃ悪態の一つもつきたくなるのも仕方ないことだ。かくいう僕も流石に疲労が溜まり始めている。



「この糞トラップの馬鹿野郎なのじゃーーーーーーーーー!!!!!!!」



 ついには疲労がピークに達したのか、怒りのままに叫び始めるロリババァが一人。そもそも君がトラップに引っかからなければなぁとも思うんですけど。逆ギレされそうだから言わないけどさ。

 結局、怒りの叫びも虚しくこの階層の入口に辿り着いたのは更に一時間後だった。



 ◆



「やっぱり転移陣はないか」

「そんなーーーー! 嘘なのじゃーーーーー!?」


 まぁそうなるよね。もうね、嫌な予感していたんたよね。お約束的な。

 通常、迷宮には各階層の入口に転移陣というものが存在する。文字通り迷宮の入口に移動できる便利機能だ。

 だから冒険者はまずこの転移陣の位置を念頭に置く。自分の力を越える強敵に会おうが、不足の事態に陥ろうが転移陣に駆け込めば生き残ることが出来るからだ。

 転移陣を疎かにするものは必ず早死にする。そんな風に言われるほど冒険者の間では基本的な事となっているのだ。


 しかし物事には必ず例外が存在する。今回もその例外にあたり転移陣が存在しなかった。

 稀に遭遇すると言われる非存在階層イリーガルだとそういった事象もあるらしい。恐らく今回もその類いなのだろう。



「深層ってわけでも無さそうだしあと少しで帰れるよ。とにかく入口を探そうか」



 幸いこの非存在階層イリーガルから繋がる階層からは深層のねっとりと纏わりつくような空気は感じない。迷宮でよく見る薄暗い石造りの通路が続いているだけだ。

 これなら転移陣にたどり着くのに大して時間はかからなそうだ。





  ◆




「やっと、やっと辿り着いたのじゃぁ……」



 非存在階層イリーガルから続く通常階層をまた進むこと一時間。僕らはようやく現階層の入口まで辿り着いた。


 薄暗い迷宮の中、転移陣は煌々と辺りを照らしている。


「じゃあ、さっさとーー」


 転移陣に入ろうとしたその時、奥からパーティーと思われる冒険者集団が駆け寄ってきた。



 魔物から必死に逃げてきたのか、面々の顔色は不健康なほど真っ青だ。負傷がひどく装備も半壊しているところを見ると実力を見誤った口だろう。



「くそがくそがくそが! 一体どうなってんだよ、チクショウがっ!!」



 えぇ、また厄介事?

 立て続けに起こる厄介事に顔がひきつるのがわかる。

 チラリとメアリーに視線を向けると彼女も顔がひきつっていた。女子がしていい表情じゃないレベルで。

 ようやく転移陣まで辿り着いて帰れると思ったのに、望まぬ嵐の予感にゲンナリとする他なかった。

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