償い後の愛を君へ
有馬悠人
第1話 感覚を取り戻すまで
しおりと別れてから、俺は、ふわふわ浮かんでいる感覚に襲われた。しっかり自分の意思はあるし、自分が誰だか、どうなったかも理解できている。聞いていた話と少し違う。すぐに存在そのものが消えるものだと思っていた。機械の故障なのか、もともとこういう仕様なのか。誰にもわからない。暗くて、意識だけある。これが続くのかと思うとゾッとする。何もすることがない。無の世界。音も聞こえなければ、何かに触れることすらない。これが罪の代償なのかもしれない。意識がはっきりしていることが憎い。すぐに消えるならまだしも、これだとずっと焦らされているみたいでイライラしてきた。
体感で数日が経った。この空間になれることは決してなく、ただ浮遊感だけが自分を襲う。もうそろそろ限界かもしれないと思ったその時だった。頭の中に勝手に映像のようなものが流れ込んできた。自分の記憶の中にはない記憶。それも、自分の姿は女性だった。時代は明治くらいだろうか。着物と洋服が合わさったような服装をしていた。すると、何も触れるものがないにもかかわらず、硬いものにしがみつく感覚があった。心臓もドキドキしていて、胸が高鳴るという感覚を味わった。どうやら記憶の中の女性が男性の腕に身を寄せているらしい。自然に笑顔が溢れて、幸せそうな表情をしていた。
場面は変わり、気づいた時には戦火の中にいた。幕府が倒れたとしても、過激派がまだいる時代。刀を捨てた男は、大切な人の手を握り、逃げる。その背中をお構いなく切り、愛する人が何をしたのかと思うくらい、死体切りをしている。自分はその光景を見て、泣き崩れるしかなかった。
思い出した。これは自分が最初に裁判をした人の記憶だ。そのあと彼女は、世界に絶望して、自ら命をたった。最初の仕事から、自分の選択が間違っていなかったのか、自問自答したことを思い出す。それにしても、なぜ今になって、こんな鮮明な形で彼女の記憶が自分に流れてきたのか?
次に記憶が流れ込んできたのは、そのあとすぐだった。
今度は、明らかに自分の目線が低い。世界を見上げる形で、自分は首を振っていた。体には刺すような匂い。衣服はボロボロで、空腹感が襲った。いい匂いに誘われるがまま、飲食街に入っていった。空腹で勝手に体が動いてしまったみたいだ。少しでも、残り物をもらおうと、ある店に入った。その店の店主に腹を蹴られて、自分は道にうずくまる。誰も、声をかけることもなく、ただ、雨の中、道で、汚い子供が痛みを堪えていた。ほとんどの人が跨いで、ひどい奴らは追い討ちをかけるように蹴ってきた。
この記憶は2人目のまだ10歳にもならない子供の記憶だ。この子は特に印象的だった。裁判後、感謝された。彼曰く、
「こんなクソみたいな世界、記憶にも記録にも残りたくない。」
10年くらいしか生きていない子が、笑顔で自分にいう。まだ経験の浅かった自分は彼が言った言葉に、返す言葉がなかった。
記憶を見終わると、神経が通って、指先から動けるようになっていった。それも、少しずつ。誰がこんなことしているのか?なんのために自分にこの記憶を見せているのかわからなかった。その後も自分は裁判をした人の記憶を見続ける。そのどれもが、辛く苦しいものだった。ただ浮遊していた頃よりももっと辛い。ただ、見せられた記憶の後、感覚が戻っていく感じが余計に嫌な気分だった。誰かの代償で、感覚を得ているみたいで。
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