第6話 ダイエット、なのです
お祭り期間中も後夜祭期間中もプリン姫の食欲は変わらずにとんでもない量の食事を繰り返していた。街の人達も屋台の人達も毎日食べにくる客がプリン姫だとは気付いていなかったのだが、その幸せそうな食べっぷりが客寄せになっているので誰も正体を気にしていなかったのだった。後夜祭になってから店じまいをした屋台もいくつかあったのだが、その開いたスペースは食事スペースとして開放することになったので、プリン姫が見せる幸せそうな食べっぷりはますます人の心を掴んでしまう事となってしまった。
このままでは食材が足りないと思われていたのだが、異世界人であるマサシの能力によっていくらでも食材が確保出来ることで屋台を開いている人たちはその危機を乗り切ることは出来たのだ。ただ、いくらでも売れるとわかっていて仕入れも完璧にしているのだが、食材を確保したままでは商売にならず、仕込み作業が必要になってくるのだ。そこで、仕込み作業をする短期の労働力を確保するためにムチムチ王国の労働省と屋台を取り仕切っている商工会連合会の代表が話し合った結果、働き口のない貧困層に向けて仕事を斡旋することとなった。給料はそれほど高くないのだが、家族分の賄いが出ることを条件にしたため、どの屋台も求人が出るたびに長蛇の列が出来るといった状態になっていたのだ。ただ、それだけでは屋台サイドが得る利益は人件費で大きく減ってしまうのだが、売上にかかる税金を従来の50%から5%に一気に減らすことで屋台側にかかる負担は一気に減ったのだった。
慢性的に金欠気味のムチムチ王国であったため当初は屋台にかかる税金がものすごく高かったのだが、それは祭りで得る税金は貧困層を救うための予算を確保するという目的でかけられていたので、貧困層に雇用が生まれて満足に食事をとることが出来ないという状況も解決出来るきっかけが生まれた今はその税金を少なくしても問題無いという意見が出たためであった。異世界人のマサシがどの世界の食材でも取り寄せることが出来る能力を持っていて、この街に拠点を作っているため屋台の人達がいなくなった後も各地の名物を出す店が常設されることになっているというのも理由の一つではあったのだ。常設の食事処が出来ることによって継続的な雇用も生まれ、下拵えだけではなく調理や店舗運営に携わる者も生まれることになるのだ。もう一つの理由は、夜祭が始まってから一週間で見込んでいた税収を大きく超えていたという事も影響していたのではある。
結果として、プリン姫が美味しそうに食べている様子はムチムチ王国の抱える問題の一つである貧困層の就労問題を解決してしまうということになっていたのだが、それとは別に新たな問題が生まれてしまったのだった。
プリン姫が美味しそうに食べている様子を見て刺激されたのは街の人達や後夜祭に参加しに来た旅人だけではなく百合ちゃんもその一人だったという事である。百合ちゃんは本来は節制した生活を送り自らを追い込むことで強さと体型を維持していたのだが、プリン姫のみせるあまりにもおいしそうで幸せそうな食事風景を見ていると我慢が出来なくなり、一口食べては満足し、二口食べては満足し、三口食べては満足できずに完食してしまうといった状態になり、一日の摂取カロリーが通常の三倍ほどにまで膨れ上がってしまったのだ。それでも、百合ちゃんが摂取しているカロリーはプリン姫が一日に摂取するカロリーの一割にも満たないのだが、プリン姫と違って百合ちゃんは食べたらちゃんと身に付く体質なので後夜祭が終わった時には別人のように変わり果てていたのだった。
「ねえ、百合ちゃんって最近鏡見た?」
「鏡なら毎日見てますけど、何かついてますか?」
「ついていると言えばついているんだけど、百合ちゃんはあんまり気にしないタイプなのかな。それでいいならいいの」
「プリン姫はいつも変な事を言いますよね。それにしても、後夜祭も終わってしまいましたし、これから何かしたいことってありますか?」
「そうだね。マサシさんたちの店も相変わらず繁盛してるみたいだし、異世界の料理を出す食堂も繁盛しているみたいなのね」
「あれほど繁盛するとは思っていなかったですよね。プレオープンの時に招待されたっきり行ってないんであの味が恋しいですよね。また食べたくなってきちゃいましたけど、ここから見えるくらいの行列が出来ているんで難しそうですよね。プリン姫はどの料理が一番好きですか?」
「え、プリンはラーメンも捨てがたいけれど、スープが美味しかった蕎麦が好きかも。冷たいやつも温かいやつもどっちも好きなの」
「いいですね。私はうどんってやつも美味しいなって思いましたよ。種類が色々あったんで迷っちゃいましたが、とりあえず全部頼んでみました。でも、食べ過ぎは良くないと思って、全部普通サイズにしてもらいましたからね」
「あれ、うどんって結構種類あったような気がしてたけど、百合ちゃんが行った店って品揃えそんなに良くなかったなのかな?」
「いいえ、十種類以上はあったと思いますよ。どれも美味しかったんでまた食べたいくらいですね。今度作り方を聞いて一緒に作ってみましょうか?」
「プリンは作るよりも食べる方が好きなの」
「あれ、なんだかいい匂いがしてませんか?」
百合ちゃんが感じた匂いはマサシと同じ異世界人の操が持ってきたカレーの匂いだった。食欲を刺激する匂いではあったが、操が今いるのは分厚いドアの向こう側でしっかりと密閉してある容器に入れていて保温も兼ねて三重に包装しているので匂いはしないはずなのだが、空腹気味である百合ちゃんの鼻はわずかに漏れていたカレーの匂いを見逃すことは無かった。
操はノックもせずにプリン姫の部屋へ入ってきたのだが、いつもとは違う見慣れないメイドがいたことで戸惑っているようだった。いつもとは違うメイドと言っても、見た目が変わった百合ちゃんなのでいつもプリン姫と一緒にいるメイドと言えばメイドなのであるが、大きく変わった見た目のせいで百合ちゃんだとは気付いていないのであった。
「あ、ごめんなさい。いつもの癖でノックもせずに勝手に入ってしまいました」
「操はいつも通りにしてくれて大丈夫なの。今日は何か持ってきてくれたの?」
「でも、見たことのないメイドさんがいるからいつも通りってわけにもいかない、よね」
操が恐縮しているのも無理はないのだ。ムチムチ王国のメイドは基本的に戦闘訓練を受けているので一般兵よりも相当強いのである。その上、礼儀作法にも厳しいものが多いので姫に対する無礼には峻厳な態度をとることが多いのだ。今プリン姫と一緒にいるメイドは今まで操が見たどのメイドよりも強そうに見えるし、その表情はまさに憤怒の形相であった。
「私は生まれも育ちもそんなに立派じゃないのでついつい無作法になってしまうのですが、以後気を付けますのでお許しください。プリン姫の友人だと勝手に思い込んでしまったのが原因だと思いますので、これからは心を入れ替えて礼儀正しく接しますのでその怒りをおさめていただけないでしょうか」
「操は気にしなくても大丈夫なの。プリンも操の事を大事な友人の一人だと思っているの。ここにいる百合ちゃんもそれはよくわかっているから気にすることは無いの」
「え、百合ちゃん?」
「ここにいるのは百合ちゃんなの」
「え、えええええぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?」
プリン姫は操にもらったカレーを食べながら百合ちゃんが以前よりも大きく成長してしまった経緯を説明していた。あれほどスラっとしていて立ち振る舞いも美しかった操の知っている百合ちゃんはもういないのだ。どうしてそうなったのだろうと思っていたのだが、持参したカレーの食べっぷりを見ているとそれも納得できたのだった。
「ちょっと待って、本当に百合ちゃんだって余は信じられないんだけど。短期間で変わりすぎでしょ。確かに、言われてみればどことなく百合ちゃんの面影があるけど、どう見ても余の知ってる百合ちゃんじゃないじゃん」
「そうなの。プリンも途中から百合ちゃんがでかくなっているような気がしていたんだけど、気付いた時にはもう変わり果てていたの。プリンはいくら食べても体型が変わらない体質なんで平気なんだけど、百合ちゃんもプリンと同じような量を食べ続けていたからこうなってしまったかもしれないの」
「あはは、それにしても大きくなりすぎでしょ。余は全く気付かなくてノックもせずにドアを開けて知らないメイドさんがいたから死ぬほど焦っちゃったよ。プリンちゃんとこのメイドさんってみんな怖いから本当に死ぬかと思ったもん」
「うちのメイドは皆厳しいし、百合ちゃんも普段はちゃんとしているんだけど、一回スイッチが変な法に入っちゃったらこうなっちゃたのかもね。プリンは今の百合ちゃんも嫌いじゃないけど、前の百合ちゃんの方が好きかもしれないな」
「ねえねえ、二人は最近店の方には来てくれて無かったけど、百合ちゃんがこうなったのをマサシは見たことあるのかな?」
「プリンはプレオープンの時に行ったきりでマサシさんとは会ってないけど、百合ちゃんもプリンとずっと一緒にいたから会ってないと思うよ」
「じゃあさ、マサシに百合ちゃんだって教えないで会わせてみようよ。余はマサシがどんな反応するか見たいと思うんだけど、プリンちゃんも見たくない?」
「ちょっと見てみたいかも」
操が持ってきた十人分はあると思われるカレーを食べつくした百合ちゃんが楽しそうにしている二人を不思議そうに見ていたのだが、操に呼び出されたマサシがお代わりのカレーを持ってきたのを知るとそのカレーを奪い取って一心不乱に食べ始めていた。
「おお、びっくりした。このメイドさんって食べる専門なの?」
「そんなことは無いの。プリンの専属メイドなのよ」
「え、専属って百合さんじゃなかったっけ?」
「そうなの。プリンの専属メイドは百合ちゃんなの」
「へえ、専属が二人になったってことなのかな。で、百合さんはどちらにいらっしゃるのかな?」
「今カレーを食べてるのが百合ちゃんなの。アレがマサシの好きな百合ちゃんなの」
「ちょっと待って。そんな冗談は面白くないんだけど。僕が百合さんを好きなのは認めるけど、僕の好きな百合さんはあんな感じじゃないよ。もっとスラっとして心臓が凍り付くような鋭い目をしていたと思うんだけど、百合さんって名前の新しいメイドさんなのかな」
「あなたは相変わらず気持ち悪い事を言う人ですね。食べ物を用意してくれる以外は何の役にも立たないとは思っていましたが、これっぽっちしか持ってこないなんて本当に使えなくなりましたね。私一人分だけではなくプリン姫の分も持ってくるべきだったのではないですか?」
「あの、それは二十人分あるんですけど。その目って、もしかして本当に百合さんなの?」
「何を言っているんですか。あまりの忙しさに頭がおかしくなってしまったみたいですね。仕事で忙しいのは良い事ですが、必要以上に抱え込むのも良くないとは思いますよ。ですが、あなたがいないと美味しい食事を楽しめないのも事実ですし、無理をしない程度に働くのですよ」
「あ、投げかけてくれる言葉は優しいはずなのに、その汚物を見るような目は本当に百合さんなのですね。いったいどうしたんですか?」
「あなたは何を言っているんですか。一緒に冒険していた時は私の事を好きだと言っていたと思うのですが、私の事を忘れてしまうなんてその程度の軽い気持ちだったという事ですね」
「いや、ちょっと待ってください。僕は百合さんの事が変わらずに好きなんで心を鬼にして言わせてもらいますが、百合さんは短期間に太りすぎてますよ」
「あ、あなたは女性に向かって何を言っているんですか。多少太ったくらいでわからなくなる方がどうかと思いますよ。自分の気持ちの薄さを人のせいにするなど男として恥ずかしくないのですか」
「いや、僕の知っている百合さんと完全に別人になっているじゃないですか、一体どういう事なんですか」
「確かに、私は多少食べ過ぎてしまったかもしれませんが、あなたが気付かないくらい太ったとは思っていませんよ。ねえ、プリン姫もそう思いますよね?」
「いや、プリンも先週くらいからこのままだとヤバいって思ってたの。明らかに食べる量がおかしくなってるとは思ってたけど、プリンの分のカレーまで奪って食べてるのを見てひいてしまっているの」
「百合ちゃんは自分で認めたくないのかもしれないけど、余も今日初めて会った時に百合ちゃんだって気付かないくらい変わってるよ。マサシが気付かないのも無理はないと思うよ。鏡を見ても気付かないのかな?」
「操さんまで何を言っているんですか。私だって一応女性ですから毎日鏡を見てますよ。今日だって多少浮腫んでいるかもしれませんが、ほら」
カレーを持ったまま鏡を見た百合ちゃんであったが、改めて見るその姿は自分の知っている姿とはあまりにもかけ離れていたのだった。ちゃんと向き合って見る鏡に映る自分の姿にショックを受けてはいるのだが、手に持っているカレーを手放すことが無いのは重傷といっていいのかもしれない。
「百合ちゃんはちゃんと自分と向き合って今の状況を認めようね。プリンも一緒に頑張るから百合ちゃんも頑張ろうね」
「余も力になれることがあったら何でも協力するから言って欲しいぞ。食べ物も出来るだけヘルシーなものを用意するからね」
「プリン姫。操さん。私はいったい今まで何をしていたのでしょうか。自分の行動を振り返るのが恐ろしいです」
「あのね、百合ちゃんには悪いと思っているんだけど、プリンは百合ちゃんと違っていくら食べても体にお肉がつかないようになっているの。ムチムチでプリンプリンな体型になるようになっているのね。これはズルいとか卑怯なんじゃなくて、勇者として与えられた試練なんだ。だから、プリンと同じように、いや、プリン以上に食べてしまっている百合ちゃんがそうなってしまったのは仕方のない事なんだよ。だからね、今からでもいいから元に戻るための努力を一緒に頑張ろうね」
「プリン姫。私は、私はいったい何をしていたんでしょう。プリン姫の騎士でありメイドである私はいったい何をしていたというのでしょうか」
「大丈夫、今までたくさんプリンのためにしてきてくれたことがあるんだし、時々はこうしてプリンの事よりも自分の事を優先してくれていいんだからね。どんな時でもプリンの事を一番に思ってくれているのは知っているからね。だから、今回の事だって気にしなくていいんだよ」
「ありがとうございます。これからは心を入れ替えて真面目に励みますのでよろしくお願いいたします。そこでですね、元の体型に戻るために明日一日だけ自由にさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「別に構わないのだけど、たった一日で何をするというの?」
「私も詳しくは知らないのですが、一日滞在するだけで一年経過する不思議な空間があると聞いたことがありまして、そこにこもって元の体型に戻る努力をしてこようかと思っています」
「それは良いのだけど、あまり無理はし過ぎないで欲しいの」
「それと、マサシ殿にお礼をしておきたいのですがよろしいでしょうか?」
「それもいいけど、お礼っていったい何をするの?」
「見ててください。操さんも一緒に見ててくださいね」
百合ちゃんは巨体を左右に揺らしながらマサシの前まで進むと、そのどっしりとした左手でマサシの顎を持つと少しだけ顔を上に向けたのだった。
プリン姫と操は百合ちゃんがマサシにキスをすると思ってドキドキしていたのだが、百合ちゃんの感謝の気持ちはキスではなく渾身の右フックであった。
「あ、あれは多分生きていないと思うの」
「そうね、余もあれは死んだと思うな」
百合ちゃんは蘇生魔法を使ってマサシを蘇らせると何事も無かったかのように部屋を飛び出していった。
「あれ、キスをしてくれるのかと思ったら百合さんがいないぞ。二人ともそんな目で僕を見てどうしたのかな?」
プリン姫も操もマサシの事を不憫な人だと思っていたのだった。当の本人は何が起こったのか全く気付いていなかったのだが、それはそれで幸せな事なのだろうと思っても良いのかもしれない。
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