【読み切り②】イケ女の勇者様が、見習い神官のボクになぜかグイグイせまってくる話。

ぷろろ~ぐ

ぷろろ~ぐ

「フフッ、ヨシムはカワイイなあ」



 蕩けるような甘い声。

 それと同時にボクの頬が優しく撫でられた。

 耳元でささやかれるアルトボイスは、女性と言うよりも男性の凜々しさを感じる。中性的な顔、吸い込まれるようなアクアマリンの瞳、向けられるすべてがボクを戸惑わせた。

 だけど、こんなことを望んじゃいない。

 いつも勝手に奈緒様がそうしてくるんだ。

 だから、今日こそはやめてもらえるように言わなきゃ。

 ボクはその意気込みを持って、奈緒様に抗議した。



「奈緒様。だから、ボクのことをもっと男扱いしてって言ってるじゃないですか!」



 とは言うものの、奈緒様がやめてくれる気配はない。それどころか、さらに甘やかそうと行動を起こそうとしている。

 一応、今がどんな状況なのかを説明すると……。

 ボクが宿屋のベッドで就寝していたら、異世界からやってきた勇者『貴宝院奈緒きほういん なお』様が潜り込んできた。

 ……訂正。

 正確には、いつのまにかり潜り込んできていたが正解かも。

 もちろん、目覚めたときに驚かされたよ。

 だって、真横に寝転んで「おはよう」とか平気で言うんだよ?

 ……おかしいよね?

 それに彼女はボクと同い年。

 同年代の男子の布団に同衾する女の子がいるはずがないじゃないか。

 でも、この勇者様、もとい奈緒様はボクのことを自分より年下の弟か、近所の子供ぐらいに思っている。

 だから、ボクはそれが悔しくてほっぺたを膨らませたんだ。



「いい加減にしてください!」

「いいじゃないか。こうして、同年代の女の子に添い寝してもらう機会なんて、滅多にお目にかかれないと思うよ」

「そ、そ、それはそうですけど……じゃなくてっ!! 奈緒様は、勇者様なんです。そういう公私混同は良くないと思います」

「冷たいなぁ~、ヨシムは。私がこうして君に愛をささやいているっていうのに」

「愛ってなんです……?」

「そうだね、言い方を変えようか――『大好きだよ、ヨシム』」



 ボクは、その一言に思わず顔を真っ赤にしちゃった。

 同年代の女の子からの告白――これが男子にとって憧れなのは言うまでもない。にもかかわらず、このイケメン女子略して『イケ女の勇者様』はボクにグイグイせまってくるんだもん。

 こんなの恥ずかしいを通り越して、死にたくなっちゃうよ……。



『ナオ×ヨシ、キタァァァアアアア~ッ!!』



 そんな状況に水を差すように、廊下からひときわ馬鹿デカい声が聞こえてくる。

 その声は明らかに女性の声で、ボクの知っている人の声にも思えた。当然、ボクも奈緒様もすぐに気付いた。

 続けざまに部屋の扉の向こうから声が漏れてくる。



『……ちょっと……声が大きすぎるんじゃない……かな……』

『仕方ないでしょっ!? こんなシチュ魅せられて大興奮にならないワケがないもの』

『だからといって、気付かれでもしたら――』



 扉の向こうのふたりが言いかけた直後。

 いつのまにか奈緒様が扉の前に移動していて、その木扉を開いていた。

 同時に廊下に立っていたふたりの正体が露わとなり、パーティメンバーであるキョーカ様とユナ様であることが判明した瞬間でもあった。



「あっ……」

「やあ、ふたりとも。こんなところで、いったいなにをやっているんだい?」

「わ、わ、私は知らないかな。あ、あ、あるとすれば、キョーカがふたりの様子を見たいとか言い出すから、それを止めようとしたことかな」



 と『かな』を語尾に付ける独特の口調を持つユナ様が焦燥した様子で告げる。

 それに対して、黒ぶちメガネを掛けたキョーカ様は不満そうだった。



「ちょっとユナっ!? 私を売るなんてヒドくない!!」

「元々、キョーカが悪いかな。私はダメって言ったかな!!」



 と醜く言い争うふたり。

 そのせいで、さっきまでの奈緒様への怒りがどっか行っちゃった。

 代わりに沸いてきたのは、ふたりへの呆れという名前の感情だった。



「はぁ……。せっかくヨシムといい雰囲気だったのになんで邪魔するのさ」

「奈緒様。いままでに流れは、そんな感じじゃなかったよねっ!?」

「あれ、違う? 私は本気でヨシムを食べるつもりだったんだけど」

「だから、そういうのはダメなのっ‼」



 ね? 変なパーティでしょ?

 でも、ボクたちは魔王を倒すべく旅をしている。

 そして、数奇な運命を経て、イケメン女子略して『イケ女』の勇者様と見習い神官であるボクの物語は始まった。

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