7話

「よ~し、奈緒ちゃんには負けないぞー!」



 ボクは、補助員の子に手渡されたサイコロをサッカーのスローイングみたいに遠くに投げた。

 サイコロは地面に落ちて、観客の前で止まる。

 凝望ぎょうぼうしてサイの目の上面を見ると、『5』と数字が表記されていた。


『あーっと、残念! 9回連続で6は出ず。しかし、吉成君も健闘しました』

「ごめんね、奈緒ちゃん」

「どんまい! 次はもっといい数字が出るさ」


 と言って励ましてくれた奈緒ちゃんが歩き出す。

 ボクはその背後を遅れて歩き、前方にある幅が狭い橋に3つのマス目が並べられたエリアを目視した。

 奈緒ちゃんは、すでに橋を渡り始めている。

 その堂々たる後ろ姿が妙にカッコよくて、つい見惚れちゃった。



(叶わないなぁ……。後ろ姿ですら、こんなにカッコイイんだもん。モテるのも当然だよね)



 ――と思った直後。

 突然、奈緒ちゃんが足を滑らせて橋から落ちた。

 ボクはその瞬間を目撃して、



「奈緒ちゃん!」



 と声を荒げた。

 同時に奈緒ちゃんの細い右手首が掴む。

 そこからは、必死だった。

 どうやって、奈緒ちゃんを持ち上げる? どうやって、この身体で引っ張れる――そればっかり考えてた。



「やめるんだ、美樹! 君の身体じゃ支えきれない!!」

「イヤだ。絶対に離すもんか!」

「心配ない。この下には、安全マットが敷かれている。落ちてもケガは……」

「バカッ、なに言ってんのさ!? 万が一にもケガしたら、バスケができなくなるんだよ? 双六みたいに振り出しに戻れば、やり直せるなんて無理なんだよ?」

「……美樹……」

「たとえ、マットが敷いてあっても、ケガをするときはケガするじゃないか。だったら、こんなところ落ちても大丈夫なんて言うな!」



 確かにボクは身体が小さくて、力も弱い。

 でも、心まで弱いつもりはない。その1点だけは、奈緒ちゃんに負けてないし、負けてやるつもりもない。

 だから、ボクの力で奈緒ちゃんを助けたかった。



「……やっぱり……の方が……カッコいいよ……」



 そう思っていたら、奈緒ちゃんが何かをつぶやいた。

 顔も俯いちゃってよく見えなかったけど、それがなんなのか確かめたくて、つい「今なんて?」と言葉を投げかけちゃった。



「なんでもない! それより、このまま私の腕を掴んでてくれる?」

「うん? いいけど」

「それと、これからやることには驚かないでね」



 と言われ、ボクは首をかしげた。

 しかし、とっさに奈緒ちゃんに両手で腕をつかまれ、ブランコみたいに揺らされたかと思えば、その姿をはまたたく間に消してしまった。

 ――って、あれ? ボクも宙に浮いてる!?

 気付けば、奈緒ちゃんに引き寄せられる形で、ボクの身体は空を飛んでいた。

 ということは、このまま地面に落ちるんじゃ?



「うわぁ~落ちる!?」



 あわやの事態に絶叫。

 ところが、その落ちるという事態は一変した。なぜなら、瞬時に「よっと」という声とともに、細くてやわらかい2つの感触に包まれたからだ。

 真相を探ろうと顔を見上げる。

 すると、そこには奈緒ちゃんの顔があった。



「あれ? ボク、地面に落ちそうになってたんじゃ?」

「大丈夫かい、美樹? ちゃんとキャッチして抱きかかえたから、もう平気だね」

「……抱き……かかえた……?」



 そう言われ、ボクは自分の状況を理解した。

 だって、今されているのは『お姫様抱っこ』そのものだったんだもん――って、これじゃまた立場が逆じゃないか。

 普通は、奈緒ちゃんを抱えて笑うべきところなのに、どうしてボクが抱えられてるのさ!?



「奈緒ちゃん、降ろして! 恥ずかしくて死にそうだよ!!」

「いいじゃないか。君は、私のお姫様みたいなものなんだしさ」

「立場が逆~!!」

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