君のためなら何度だって時を戻そう

大西元希

第1話 青春と社会人の狭間で

俺は桃色の、明るく美しい桜を、眺めていた。


風に触れて揺れる蕾は、とても可愛らしい。儚げな花弁は、見るものを虜にさせる魅力があった。


俺が今、立っている場所は、阿賀宮高校の校庭だ。目の前には、桜の樹々が連ねている。


俺の名前は安東 凛。高校二年生だ。

容姿は平凡で、しいて一つ、特徴を挙げるとするのならば、少し前髪が、目にかかっているのがそうだろう。


何分ここに立っていたか分からない。三分かもしれないし、三十分かもしれない。時間の感覚を忘れてしまうほどに、見惚れていたのだ。


甘い匂いが、鼻腔をくすぐった。桜の匂いではない。桃の香水の匂いだ。嗅いだことがあった。ドキドキと、緊張してしまう。


すたすたと地面を、踏みしめる音がする。


そして背後に、気配を一つ感じる。


「——凛君」

強く、でも緊張している声が、鼓膜を震わす。それが優しい音として認識される。

 振り向くと、一人の美しい少女が立っていた。


さらさらと風に靡く薄い茶髪の髪。目鼻立ちの整った顔。長いまつ毛。華奢な体。まるで人形のようで、美少女という言葉が似合う。


——可愛らしい。それが、俺の感じた印象だった。そして、この美少女に淡い恋心を抱いた。胸を揺れ動かされるような。そんな気持ち——


今まで、恋をしたことがなかった。


気持ちが昂った。手の甲にじわりと汗が浮かぶ。


何かを話さなければいけないと思っているけれど、言葉が出てこない。


俺の緊張を見透かしたように、竜華はクスリと笑って言った。


「凛君? 元気?」


どうして、俺の名前を知っているのだろう。疑問が浮かんだ。


「また会おうね」


白い歯をのぞかせながら、彼女は去ろうとする。


「あの、名前は?」


俺は名前を訪ねていた。聞いておかないと、後悔してしまいそうな、気がしたから。


「赤宮 竜華だよ」


よろしくね、と微笑む。


この出会いが、新たな旅路の始まりだと、地獄の終わりだとも、このときの俺は、知る由もなかった。



「ふーん、美少女ねー。お前の妄想じゃねーの」


親友の坂上 智也が、弁当のだし巻き卵を咀嚼しながら言った。


坂上は、俺とは真反対の爽やかイケメンである。ショートウルフに整えられた髪型。目は二重で、目元がはっきりとしている。クラス一のイケメンだろう。


だがしかし、坂上の女子人気はそこまでない。その理由は坂上のこの、遠慮のない物言いが原因だろう。


今、昼食の時間にクラスでは、ほぼ全員が、机を繋ぎ合わせて、談笑まじりに食事をしている。


「あーはいはい。どうせ俺の頭の中はピンク色ですよ」


坂上は苦笑混じりに、俺を侮蔑する眼差しを向ける。


冗談だとは思うが、腹が立った。


「——でも、そいつ何年生なんだろうな。同学年というわけではないだろう。赤宮 竜華なんて名前のやつは聞いたことがねーからな。二年生ではないということは、三年生か。それとも一年生かのどっちかだよ」


竜華の容姿を、もう一度思い出す。あの雰囲気からして、一年生ではないだろう。包容力のある感じや、すこしあざとい感じは年上を思わせる。


「腑抜けてないで、飯食っちゃえよ。恵美のところに行きたいからさ」


坂上は、箸を俺に向けた。


恵美とは、西岡 恵美のことで、隣のクラスに在籍している女子だ。


「ああ、分かったよ。それと箸を人に向けるな」



昼飯が終わって、俺と坂上は、隣のクラスに向かった。


クラスの中は、喧騒がひしめき合っていた。


食事を友達と楽しむ者。また、同じように友達と談笑をする者などがいた。その中から複数の女子と、立ち話をしている恵美を見つけ、坂上が声をかける。


「おーい、恵美ー!」


恵美はこちらに気づき、すたすたと近づいてくる。


「凛と智也じゃん。どしたの?」


恵美の容姿は、黒髪ショートカットで、細く凛々しい眉毛。清楚な女子で、育ちの良さが分かるし、実際に西岡財閥の御令嬢のはずだ。


「遊びに来たんだよ」


俺はそう答えた。まぁ、遊びたいと思っているのは坂上の方なんだがな。


坂上は恵美のことが好きだ。一年前の入学式に出会って、一目惚れしたらしい。それから坂上は、俺に得意げに、恵美のいいところを毎日のように力説した。坂上は告白をする勇気はなく、今に至るまで片想いだ。


ちなみに俺と坂上の出会いは小学生の頃に同じクラスになったことがきっかけで、いわゆる幼馴染だ。最初は喧嘩ばっかりしていて、仲があまり良くなかったが、好きなアニメの話題で盛り上がったことをきっかけに意気投合。それから親友となった。


「ふーん。どうせ遊びたいと思っているのは智也の方でしょ」


俺は思わず苦笑する。恵美の表情は明らかに、坂上を試すような感じだ。


まさか、坂上が恵美のことを好きでいることを知っているのか。見透かしているのか。


もしそうであれば坂上が一歩踏み出さないといけない。恵美が待っているはずだから。


そんな妄想をしていると、いつの間にか恵美と坂上が俺を睨みつけていた。


「話聞いていたのかよ」


「話聞いていたの?」


二人の声が重なる。息が合った言葉に俺はたじろいだ。


「どうしたんだよ」


「だから、その美少女とやらに会いに行くんだってば!」


俺は驚いて、目を見開いた。

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