奇妙な果実
達吉
奇妙な果実
比喩でもなんでもない。それは奇妙な果実だった。
果実と言われなければ果実とは思わないそれを、だけど他の何と例えていいのかもわからない。とにかく奇妙な果実だった。
ただ、香りだけは抜群にいい。
甘く、爽やかで、そして芳醇さも感じる香りには誰もがうっとりする。しかしその香りも何に似ているかと問われてもうまく答えられない。
「味は?」
「果物が全て食用とは限らない」
確かにそうだ。
とても大きな木になる実なのだという。
此処から見ると西の果ての海に浮かぶ島の国にその木はある。
現地では各家々に一本ずつ、この木があるのだという。
その島の固有種で、他の土地に種を植えても芽も出ない。
花は現地の人も滅多に見たことはなく、白い花だということぐらいしかわからない。夜のうちに咲く花で、咲いている時間も短い。朝になると実がついているのに気がつく。
実は不思議とその実がなっている木が立っている家の家族の人数と同じだという。
実は長い時間をかけて熟す。熟すと香りが強くなる。そしてその香りを放ち続け、木の上にいる。
島の人々は、木の実はその家に住む人間の夢、それも悪夢が詰まっているのではないか?と言っている。
「どうして?」
「さぁ?」
そして、その家から人が居なくなると黙っていても実が落ちるのだという。
「ひとりがいなくなるとひとつの実が落ちる。3人いなくなると3つの実が落ちる。そんな感じ」
そして、その家に人が増えると、木に実がつく。人が生まれても、引っ越してきても、その人数と同じ数の実が、翌朝になっている。
木についている実の数を数えると、その家に何人住んでいるのかわかると言われるほどだった。
「大きな木なんだろう?それが各家に生えてるってすごいね」
「それがさ…」
たくさんの木に見えるが実はそれらは地下茎で繋がっていて一本の木なのだという。
「その島にだけ生えている。たった1本の木なんだ」
信じがたいような気もするが、目の前にあるこの奇妙な果実を見ていると、そうかもしれないと思えてくる。それくらい他に見たことのない形をしている。
どの実もみんな形が違うという。同じ木の実と思えないほど違うものもあるという。
木の実は地面に落ちた瞬間、バラバラに砕け、みるみる間に腐敗するのか、色が変わり、まるで地面に吸われるように消えていくのだという。
「この香りだけがしばらく漂って、そこで実が割れたことを知らせているかのようだと言われている」
「で、この実はどうしたんだ?」
「地面に落ちる前に捕まえた」
「キミが?」
「いや。この実のなった木の家の主人がね」
夜のうちに落ちると言われる実が落ちてくるのを、主人はひたすら待った。夜が明ける寸前。実は落ちてきた。
「妻の実なのだと主人は言う」
「どうしてそれがここに?」
主人の息子が持ってきたのだという。
父親がこの実を家に持ち帰ってから7年。実は芳しくも涼やかな香りを漂わせ続ける。島中の人は今まで家の中にこの実があるということがなかったから最初は珍しがって見に来たものだが、そのうち誰かが気味悪がるようになり、この実を壊せと言い出した。
「単純に割ったらどうなるかという好奇心なんだろうけれども、それにいちいち理由をつけてくるものなんだよ」
主人は息子たちにこの実を守りたいと相談した。
息子たちも母の実を守りたかった。
「次男が連絡してきた。知り合いなんだ」
次男は島の外に住んでいて、自分の実は島にはもうないと言っていた。
「いつか島に戻る日が来たら、僕の実もできるのかもしれないけれども、島に戻るつもりは今のところないんだ」
次男は少し寂しそうに笑った。
「自分の父親・兄弟が死ぬまで、できればこの実を保管してほしい」
息子らは父親の実も手に入れることができたら、ここに置いてほしいという。
「それまでずっと預かるつもりなのか?」
「いいんじゃない?この香りを堪能できる」
「そりゃそうだけど」
それはそれは素晴らしく良い香りなのである。これを嫌う人は果たしているのだろうか?
「でもね」と次男は言った。
「落ちて割れる瞬間も見てみたいと思う自分もいる。見知った人間の夢が消えていく様を。その時はさぞやいい香りがするのだろうね」
島に戻る気のないはずの次男が言った。
「そんなことを言われたら、僕も割れるのを見たくなるよ」
「僕はいいよ」
「おやおや」
「ここにある実も彼らが亡くなった後も割るつもりはない。いつか誰か、この実のことを何も知らない誰かが好奇心に任せて割ってしまうまで、この実はここにあるといい」
見たこともない形と嗅いだことのないいい香りの果実。
「そうだな」
博物館の展示室ではなく、この館長室に置かれた奇妙な果実。それがふたつになる日を待ち遠しく思うのは罪なことなのかもしれない。
奇妙な果実 達吉 @tatsukichi
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