セコケチの本領
ボスママのセコケチぶりだけど、ありゃキチガイの領域だね。これも隣の奥さんから聞いたのだけど、たまたま誕生日が近い三人がいて、どうせなら合同でやろうって話になったんだって。
お菓子やジュースを持ち寄って、三人分だからちょっと豪華なケーキも買って、千円ぐらいのプレゼント交換みたいなスタイル。家族だけでやるのも悪くないけど、賑やかに誕生日パーティみたいにしようで良いと思う。そしたら地獄耳のボスママが聞きつけて強引に割り込んで来たんだって。
『うちの子も誕生日が近いから参加させて』
前科がテンコモリのボスママだから、なんとか遁辞を構えて断ろうとしたそうだけど、
『どうして? それって仲間外れにするイジメじゃない』
ゴリゴリに押し込まれて断り切れず参加してもらったそう。ボスママは子ども四人を連れて参加したけど、
『あれっ、お菓子とかジュースとかいるの。知らなかったゴメンナサイ』
紙に書いて渡し、前日に電話で念押ししてもこれだって。毎度の事だから、お菓子とジュースぐらいと目を瞑ろうとしたそうだけど、ボスママと四人の子どもは猛烈に食べる食べるで、帰りにお土産用にしていた分まで食べちゃったんだって。
さらにお誕生日ケーキだって十二等分できるぐらい大きかったそうだったんだ。なのにだよ、そこから三切れだけ誕生日の子どもに渡したものの、残りはボスママと四人の子どもがさぞ当然みたいにお代わりして食べたんだよ。そのケーキ代も、
『今日は持ち合わせがないから・・・・・・』
払ってないって言うから呆れた。プレゼント交換の時も一騒動で、四人でグルグル回しながら当たるのをやったみたいだけど、決まった瞬間にボスママの子どもが他の子のを無理やり取りあげ、
『こっちにする』
取られた子どもは泣き出したけど、
『子ども同士の事だから・・・・・・』
涼しい顔で帰ったそう。騒ぎはまだ続きがあって、ボスママが持ってきたプレゼントは百均どころか、子ども用の雑誌のオマケみたいなもので、もらった子どもは泣き出したそう。そりゃそうよね。
これだけでもキチガイみたいなものだけど、ボスママの子どもの誕生日は半年も違うんだよ。たんに同学年だっただけ。結局、ちゃちいオマケ一つで、お菓子とジュースとケーキを食い漁り、プレゼントを持って帰ったことになる。
金額にしたらたいした事ないかもしれないけど、子どもが楽しみにしていたお誕生会をぶち壊し、不快な思いだけ残して去って行ってるんだよ。それにだよ無理やり首突っ込んで参加したのに、
『こんなパーティに参加してあげたのだから感謝しない』
これをキチガイと呼ばずに誰をキチガイって呼ぶかだ。そんなボスママだけど何回か会ってるうちに、どこかで見たことがある気がするのよね。なかなか思い出せなかったけど、やっと思い出した。あれはまだ康太と付き合うもっと前だった。
神戸でも老舗のフレンチが北野にあるんだ。歴史は古くて第二次大戦前に遡るとかなんとか。建物は新しくなってるけど、内装は歴史の重みを感じさせるシックなレストランなんだ。味だって、サービスだって一流だよ。
その店で何周年記念みたいな謝恩企画があったんだ。ランチで五千円だから決して安くないけど、普段ならランチでも八千円からだし、ディナーになれば二万円ぐらいになる店なのよね。
この五千円ランチのキモはコース・メニューじゃないこと。これじゃあ、わからないか。レストランってお得なコースとアラカルトの二本立てのとこが多いじゃない。そこもそうだったのだけど、アラカルトで好きなメニューを組み立てられて、飲み物も料金込みだったのよね。
あの時は同僚と行ったのだけど、同僚も楽しみにしてた。行く前からあれを食べたい、これを食べたいで、二人でメニューが被らないようにして、出来るだけあれこれ食べようと張り切って行ったものね。
恵梨香たちが席に着いてしばらくしてから、ボスママとその友だちみたいなのが入って来たのよね。そこで恵梨香が目を疑ったのは子連れだったこと。いくらランチと言っても老舗の一流フレンチだよ。
そりゃ、お子様連れお断りとは書いてないけど常識だしマナーでしょう。ここも誤解されないように言っておくけど、そのレストランにも子ども連れのお客さんがいるのを見たことはあるのよね。
そりゃ、大人しくて、礼儀正しい子どもだったよ。つうか、そんな子どもだから店も客として招き入れたんだと思うし、客の方だって、そういう子どもだから連れて来てるはずなんだ。
だけどボスママたちの子どもは入る前からギャースカうるさいし、ドタバタ騒ぐ有様。あんな子どもを引き連れて入ろうなんて常識外れなんてレベルじゃないよ。レセプショニストの人も御遠慮してもらおうとしたはずだけど、そりゃもうヒステリックに、
『どこに子どもが入店禁止って書いてあるのよ!』
店に轟き渡るような声がガンガン鳴り響いたんだよ。
『子どもだって立派な客じゃない。それを追い払おうって言うの!』
なんとだよずかずかと入り込んで来ちゃったのよ。あれはレセプショニストの制止を振り切ってると思う。その数がなんと十人の団体で、大人が三人で子どもが七人が席に着く様子は異様だったものね。
店内の空気は気まずいものになってた。恵梨香も同僚と変な人って話してたもの。ボスママは席に着くと、
『まずシャンパン飲みたい。ドンペリをボトルでね』
たしかに飲み物代は込みだけど、あくまでも店の指定した銘柄をグラスで提供されるのなんだ。だいたいだけど、ドンペリをこんな店でボトルで頼んだりしたら、いくらするかわからないぐらいじゃないの。ソムリエが出て説明してたけど、ここでも、
『まったくケチ臭い店だわ』
どっちがと思った。そこからオーダーが始まったけど、これもアングリものだった。だってだよメニュー表を全部読み上げる勢いだったんだよ。それも子どもも含めて十人分ずつなんだよ。
どこぞの金持ち姉妹がそれをやって店の評価を決めるとかの話は聞いたことがある。あれも感じ良いと思えなかったけどすべて料金を支払ってのもの。五千円のサービス・デイでやる事じゃないだろ。
ここもはっきりとは書いてなかったけど、常連さんへの感謝みたいな面が強くて、コースでなかなか食べられないアラカルトを楽しんでもらいたいぐらいかな。だから対象にしているのも、そういう趣旨を了解している相手と言っても良い。
そりゃ、常連さん限定となってないし、そういうオーダーをしなければならないとしてないけど非常識にも程があるじゃない。オーダーテイカーの人が大変で、大声で喚きまくるボスママをなんとか、かんとか宥めすかせて、それなりのオーダーに収めて、
『足りないようでした追加でお願いします』
これぐらいにやっとなってくれた。ボスママは、
『なんてメンドクサイ店なのよ!』
メンドクサイのはお前だと思ったよ。だいたいだよ、大食い大会じゃあるまいに、そんなに食べられるのと思ったもの。次はどんな騒ぎが起こるかとウンザリしてたら、料理が来ると子どもが走り回り始めたんだ。たく躾の悪いガキどもだ。
ボスママたちのガキどもはギャースカ言いながら走り回るだけじゃなく、店員やお客様にもぶつかるし、店内のインテリアにも手を出すしでワンダーランド状態。店員も対応にテンテコマイ。こんな店だから躾けの悪い子どもへの対応なんて慣れていないというか、どんな店、たとえファミレスだって大迷惑だよ。
さらにクソガキどもは他のお客さんの料理にまで手を出すのよね。なんとだよフォークとスプーンを持って他のお客さんの料理にいきなり突っ込んで来るんだよ。恵梨香のとこまで来られたから料理を守るのに必死だったもの。それなのに、ボスママたちは知らん顔。それどころか、
『あら、もらえなかったの。ケチ臭い人ばっかりね。だったっらあっちの席の人に頼んでみなさい』
『そうよ、子どもが欲しがってるのだからあげなさいよ』
『足りなければ、また頼めば済むだけじゃない』
あのね。それだったら自分で頼んだメニューを食べさせろよ。子どものやる事だから店員さんたちも怒鳴りつけるわけにもいかないようで、なんとか宥めようとするのだけど、クソガキどもは聞きもしやがらない。
その時にまたもや信じられないものを見ることになる。ボスママは大きな袋からタッパーを取り出して料理を詰め込んでるんだよ。子どもの分までフル・コースで頼んでるのだけど、ありゃ、子どもの食事は先に済ませて来てるはずだ。
子どもだってお腹が空いてれば走り回るより食べる方が優先になるはずじゃない。あれは子どもを騒がせ、店員たちの注意を逸らす作戦にしか見えなかったよ。そうやって詰め込むとさらにオーダーしやがった。
こいつら夕食の分まで持って帰ろうとしたんだよ。やっと気づいた店員が注意すると、まさにあれは逆上だった。怒鳴りつけるように、
『ドギー・バッグも知らないの』
それは違うでしょ。ドギー・バッグは決められたコースなり、定食が食べきれなかった時に使うもので、あんたらがやってるのはマナー違反のタカりだよ。いや盗みとしても良いぐらい。
注意されたのにまさに逆ギレ状態になり、金切り声で怒鳴り散らし、店内はさらに輪をかけて修羅場状態。さすがに店側も開き直ったのか、半ば強引に席からボスママ連中を連れ出したのだけど、やると思ったら会計で、
『オーダーしたものを食べられなかったのにどうして払わなきゃいけないの』
『そうよ食べられなかったワビ料を払って頂戴』
『それが常識ってものでしょうが』
そこからサービスが悪すぎる、食べたいものが食べられなかった、嘘八百書いてあるとかギャンギャン騒ぎまくり、やっといなくなった。あれ払ったのかな。絶対に踏み倒してるはずだ。
恵梨香たちも雰囲気ぶち壊しでウンザリしていたら、シェフとオーナーみたいな人が出てきて、
『ご不快な思いをさせて申し訳ありません。本日のお代はとても受け取ることが出来ません』
こう深々と頭を下げてくれた。お陰でタダにはなったけど、あんな非常識な人間がいるのかとあきれたもの。ありゃ、筋金入りのクレーマーというより、キチガイと思ったもの。あんなのと同じマンションとは困ったものだよ。
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