康太のスマホ

 康太もスマホを持ってるけど、なんのために持ってるかと思う時があるのよね。誰でも使いそうなカメラ機能も、ミュージック機能も使わないし、電子書籍も読まないんだ。メイルも使わないし、LINEだって恵梨香との連絡に使うぐらい。


 康太は見せてくれたけど、リサリサや智子もあったけど、連絡があったのは結婚前まで。消そうかと言ってくれたけど、そこまですることないから置いといてもらった。つうか、LINEの着信さえ滅多にないんだよね。


 使っているのは天気予報を見たり、ニュースをチェックしたり、SNSをのぞく程度。FBもやってるからメッセンジャーもあるけど、LINE以上に使ってないのよね。


「ちゃんと目覚ましに使ってるよ」


 それとクリニックも家もWiFi入ってるからギガも殆ど使わない。だから契約も一番安いやつ。通勤もスクーターだから、スマホの出番はなし。さらに言えばクリニックではデスクトップ使ってるからスマホはカバンの中に入れっぱなし。家でもほぼそう。


 それとだよ電話も使わない。電話を掛けるなんて月に一度あるかないか。無い月だって普通にあるものね。さらに掛けても長くて三分ぐらい。掛かって来るのも少ないけど通話時間はとにかく短い。



 理由はコチコチの電話嫌い。恵梨香とお出かけする時なんて電源切っちゃうものね。原因の一つが元嫁。元嫁は電話魔で長電話だったらしい。一時間、二時間はザラで、切れても次にすぐかける感じかな。女は電話好きが多いから気持ちはわかるけど、電話って周囲の人には傍迷惑なところはあるものね。


 気を遣ってテレビの音を小さくしたり、家族の会話も邪魔にならないように小声でするとか。それも五分や十分ならイイけど、一時間ともなれば、話す人の声ばっかりが家の中に響くことになる。


 それも女の長電話だから、言ったら悪いけどダベってるだけ。井戸端会議の片方の話し手の声だけ聞かされることになる。スマホなりガラケーだからどこかの部屋にでも籠ってやれば良さそうなものだけど、元嫁はオープンキッチンの台所で延々とやったらしい。


 康太が元嫁に用事があって話そうとしても、延々と待たされるもので、ある時についに切れて、元嫁に電話を掛けたらしい。そうでもしないと、


「長い時はボクが帰る前から、寝てもやってたよ」


 いつ終わるかわかんない感じだったで良さそう。目の前にいるのに電話をわざわざ掛けたのに元嫁は怒って喧嘩になったそうで、


『用事があるならメモにでも書けば良いでしょう』


 これも本末転倒と言うか、目の前の相手に電話を掛けるのとあんまり変わらない気がする。でも康太は用事があればメモに書いて食卓に置くようにしたんだって。


「娘さんたちは」

「部屋に行ってたよ」


 とにかく始まると元嫁の電話はいつ終わるかわからないし、電話の声が大きくてテレビのボリュームを上げようものなら、


『聞こえないじゃないの。ちょっとは気を遣いなさい』


 これまたどこか話がひっくり返ってるけど、あきらめて部屋に行ったそう。康太も似たようなもの。そうそう、トイレも困ったそうで、とにかく長いからトイレでも電話は続くのだけど、座り込んで出てこないこともあったらしい。その時に誰かがもようしても、聞こえるのはトイレから響く元嫁の話し声。シビレを切らしてノックしたら、出てきた元嫁は睨みつけるように、


『御手洗ぐらいゆっくりさせてよ』


 どうもその反動もあって、康太は家ではスマホも殆ど使わないと言うか、カバンに突っ込んだまま。掛かってきても、気が付かなかったら放置。気が付いても他の事をしていたら放置。


 というか、他の人なら電話が鳴ったら、他の用事を中断して取ろうとするけど、康太は逆で、他に用事がない時に気が向いたら取るって感じ。その優先度の低さは、食事よりも、恵梨香との会話より、ずっとずっと低いもの。


 康太も極端と思うけど、恵梨香も注意してる。これだけ聞かされて長電話をやらかしたら怒られものね。だから友だちにも電話じゃなく、出来るだけLINEメッセージにしてもらうように頼んでる。



 康太のスマホをチェックさせてもらったのはキーコさんの探索。でもそれらしいのはなかった。スマホどころか携帯も初期の時代だし、二十年ぐらい前の話だからしょうがないかもしれない。とりあえず最近は連絡は取ってないとして良いと思う。


 その他になると実はなんにもないのよね。とりあえず元嫁は康太の過去の恋人に関連するようなものを、かなり徹底して捨てられてしまったらしい。理恵先生の赤いロングマフラーも、智子のキキララのペンケースもその時に捨てられたんだって。


 他にもアルバムや写真もそう。康太の学生の時はまだフィルムだったけど、未整理の写真からネガまですべて捨てられたみたい。もちろん、ラブレターの類も根こそぎ。この辺は康太も置いといたのが悪かったとしてたけど、


「マフラーはどうして?」

「理恵さんとマフラー巻いた写真があったから」


 ついでに言うとキキララのペンケースはゴミと思われたらしい。この辺は恵梨香ならやらないと断言できないけど、そういう時って箱とかに詰めて隠しておきそうなものだけど、


「見つけられて箱も開けれれた」


 さらにいうとお袋さんが亡くなった後に実家も売り払ってる。康太も忙しかったから、神戸で売買契約済ませて、


「子どもの時のアルバムとかは」

「その時に廃棄されてる」


 そうなのよ、小中高大の卒業アルバムの類さえ残ってないのよね。恵梨香も一緒に暮らしだしてから気になって探してみたけど、何にもなし。そもそも康太の荷物が少ないから、あるとは思えない。だから元嫁や娘の顔さえわからないぐらい。


 元嫁と娘の写真に関しては、一緒に暮らしていたマンションにあったそうだけど、康太は一切合切譲り渡してるのよね。全部元嫁が持って行ってしまって、康太には一枚も残されていないのは、ちょっと呆れた。


 妙な話だけど、康太の過去を記録するものが何一つ残されてないのよね。ここまで断捨離してる人も珍しい気がするもの。康太の場合は断捨離をしたというより、された部分が多いけどね。


 だからって訳じゃないけど、札幌で坂崎先生から聞いたキーコさんの話もこれ以上は探りようがなくなっちゃった。別に知らなければならないものじゃないけど、妻として気になるじゃない。


 でもね、もう一か所可能性が残されてる。康太のクリニックのPC。康太はクリニックで院長専用のPCを持ってる。持ってたって当然だけど、そこに今までの恋人の記録とか、元嫁との結婚時代の画像とか隠してるんじゃないかって。隠してるは言い過ぎかな。


 康太は元嫁に捨てられた物は多いけど、とくに写真とかは別に保存していた可能性があると思うんだ。康太の学生時代や、元嫁との結婚時代の初期は、まだまだフィルム時代だけど、あれだってフィルム・スキャナーを使えばデジタル保存できたはず。写真だってラブレターだって画質は落ちるだろうけど、スキャナーを使えば保存可能じゃない。


 康太だって元嫁が捨てる可能性は考えていたはず。元嫁との結婚は見合いで、同棲時代を挟まず、式を挙げてから同居が始まってるから、その気になれば可能なんだよ。全部は無理でも、やってたっておかしくないと思う。


 康太は箱に入れて隠していたと言ったけど、隠すなら当時は勤務医だったから、病院に運び込むのもありじゃない。理恵先生のマフラーは油断だったかもしれないけど、たとえば智子のキキララのペンケースなら、康太の机の奥に眠っていても不思議ないと思う。


 康太はあえて元嫁に捨てさせた気さえする。だってまったく無ければ、逆にどこかに隠してるの疑惑が出てくるじゃない。だから今のマンションにも、恵梨香が来る前にはあったかもしれない。恵梨香が来る前にすべて整理したんだ。


 とは言うものの、のこのこクリニックに出かけて行って、康太のPCなり机を漁るのは気が引けるよな。そりゃ、康太に浮気疑惑があるのなら、そこまでするけど、康太が浮気なんて考えもしていないのは保証付きだもの。


 だってだよ、最近は毎晩どころか、朝も求められる日が増えてるんだ。休日の朝なんて必ずぐらい。そこまで恵梨香を求めておいて、さらに他まで頑張るのは不可能だよ。そりゃ康太には長い昼休みがある日もあるけど、そこで浮気してたら康太は一日二回のフルコースをやらなきゃならなくなる。どう考えても体力的に無理だ。


 もちろん康太が浮気なんて絶対していないのは疑うまでもないけど、そんな状態で過去の恋人の情報、それも康太が話したくないものを無理やり探し出そうとするのは、良くないよね。


 だってだよ、康太の初婚のさらに前の話じゃない。元嫁ぐらいなら時期が近いから気にするのはまだわかるとして、恵梨香になれば大昔の恋人の一人になっちゃうものね。知ったところで康太の妻の座が揺らぐものじゃないし。


 でもね、どうしても恵梨香は気になるのよ。そう、どうして恵梨香は康太に選ばれ、さらにこれだけの愛を注ぎまくってくれるかの理由。結果としてそうなってるし、そうなってることに満足どころか、いくら康太に感謝しても足りないぐらいだけど、知りたいじゃない。



 それがボンヤリだけどわかってきたのよね。それが康太の最後の恋人であるキーコさんに関連してるってこと。キーコさんでわかっていることは、恵梨香よりずっと若いこと、医学生でなかったこと、理恵先生と康太争奪戦を勝ち抜き同棲してたこと、付き合ってた期間が五年ぐらいあったこと、そしてどこか恵梨香を思わすような面影があること。


 そんなキーコさんに康太は渾身の愛を傾けていたはず。それだけじゃなく、結婚を真剣に考えていたはずなのよ。そこまで康太がキーコさんを愛した理由が知りたいし、その代わりが恵梨香になった理由も知りたい。


 知ったからって康太への愛が何にも変わるはずがないけど、恵梨香は康太のことをもっと知りたいの。知ればもっと康太を深く愛せると思うし、康太が恵梨香をどうしたいかもわかるはず。


 あ~あ、いつも同じところに戻っちゃう。キーコさんを知っているのは、康太の学生時代の同級生の一部ぐらいだよ。それこそ坂崎先生とか、理恵先生。坂崎先生は康太と仲が良かったみたいだけど、それでも会ったのは一回だけって言うものね。


 どうもだけど、康太とキーコさんの同棲時代は、康太の友だちが下宿に足繁く出入りしてた訳じゃなさそう。まあ、同棲している下宿に、わざわざお邪魔しないだろうからそうなるだろうけど、それだったら覚えているのは康太だけになっちゃうのよね。


 でも康太は札幌の夜の反応から、キーコさんは愚か理恵先生のことも話したくないのよね。そこを無理に聞き出すのは躊躇うものね。言ってしまえば、恵梨香は知っていても、知らなくても関係ないもの。今は待つしかないか。

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