アレルギーのお話

 お隣さんの息子さんが強度の卵アレルギーなんだ。それこそ少しでも入ると全身が真っ赤になるだけでなく、呼吸困難まで起こすと言うから重症と思う。だから食事には気を付けてるし、なんだっけ緊急用の注射まで持ってるんだって。


 お隣さんは姑さんと別居なんだけど、実家と近いみたいで、姑さんがよく訪ねてくるそう。それもアポなしで突然だって。いくら姑さんだっていきなり来られたら迷惑だけど、


『息子の家に親が来て何が悪い』


 それとこの姑さん、孫がアレルギーなのが不満だそうで、


『甘やかすからだ!』


 アレルギーはそうではないと言っても聞く耳をもたないみたい。それどころか、


『食べれば治っていく』


 どうもアレルギーと偏食をごっちゃにして理解しているみたいだって。それもまだ甘すぎる見方で、


『可愛い孫がプリンやケーキを食べられないのは可哀想』


 だからいくら言ってもケーキやプリンを買ってきて食べさそうとするから、隣の奥さんも姑さんが来た時にはピリピリしてるんだって。そりゃ、下手すれば死んじゃうかもしれないし。


「卵アレルギーがあるのに卵を食べさせて治そうなんてムチャクチャよね」

「一般的な理解としてそれで良いと思う」


 なんか引っかかる言い方が気になったけど、アレルギー治療の一つとして減感作療法ってのがあるんだって。要は少しづつ与えていってアレルギーを治そうとする治療だそうだけど、


「あれはスギとダニしか保険適応がないよ」


 投与法は皮下注射が多いそうだけど、食物で行った結果は良くなかったそう。だったら食物アレルギーには治療法がないかと聞いたら、


「SOTIがある」

「ソチ?」

「ああ略語だけど・・・」


 これは重度のアレルギー患者に行われるもので良いらしい。これはそれこそ食べさせてアレルギーを治すらしいけど、


「だったら姑さんの言ってる事は正しいとか」

「次元が違うよ」


 卵一個で六十グラムぐらいだけど、ソチで始めるのはミリグラム単位だって。これも実際に食べさせて調べるそうだけど、どれぐらいの量でアレルギー反応が起こるかをまず確認して、その一割ぐらいから始めるんだって。


「たとえば二百ミリグラムで反応するなら二十ミリグラムからスタートってこと」


 これも十ミリグラムから反応する患者もいるそうで、そうなればスタートは一ミリグラムぐらいになることもあるそう。確かに次元が違うよ。目標は卵一個分を食べれるようにするそうだけど、


「出来るの?」

「ああラッシュ・ソチなら二週間程度で可能な事が多い」


 ただアレルギーが治ったわけじゃないんだって。卵が食べれる状態を維持するための療法が必要で、これも、


「それか。そもそも、そんな短期間で食べれるようになる機序もよくわかっていないし、維持療法もどれだけ必要かも研究中だよ」


 維持療法は卵なら週に二回以上、卵を一個食べることだそうだけど、怠ると食べられなくなるそう。


「この辺は急速法から緩徐法に切り替えて効果が見られるともされて、その時の免疫寛容機序の違いが・・・」


 恵梨香の理解を超えた・・・維持療法と言っても卵なんて日常的に食べる食品だから、そのうちアレルギーを気にせずに食べれるようになる患者もいるそう。恵梨香的には治ったぐらいに受け取っても良いと思う。


 一方でソチ自体も上手く行かない患者もいるし、食べれるようになっても、維持療法が上手く行かず逆戻りになるケースもあるらしい。


「お手軽なものじゃないよ。入院治療が必須」


 そもそも最初の反応を起こす量を調べるのも下手すりゃ命がけだって。さらに徐々に量を増やす時だって強烈なアレルギー反応を起こすこともあるみたいで、


「専門施設でも死亡者が出てるよ」


 維持療法中もそうで、アレルギーを起こして亡くなった患者もいるそう。康太も食物アレルギーの患者も治療するけど、重症なのは病院で専門にやっているところに紹介してるらしい。それぐらいアレルギーは手強いし、医者でも一つ間違うと患者の生死に直結すると見て良さそう。


 それでも子どもの食物アレルギーは、殆どの場合は成長とともに解消するのが多いんだって。少しでも早く解消するには食べれる範囲は食べた方が良いともしてた。この辺は患者のアレルギーの強さによるさじ加減が必要で良さそう。


「検査とかでわからないの」

「無駄じゃないけど参考程度だよ」


 康太が言うには初期の頃のアレルギー検査はホントにアテにならなかったそう。さすがに精度はあがってるそうだけど、検査でアレルギーと出てるものでも食べてる時があるんだって。


 それとアレルギーの強さも検査で出るけど、それでどれぐらい食べれるかの判断も出来ないそうなんだ。さらに検査で一度反応すると、なかなか消えないらしくて、検査で陰性になったら食べるみたいな使い方も出来ないそう。なるほど、だからあくまでも参考なんだ。


「なにかややこしいね」

「ああ医者だってアレルギーのすべてを理解しているのはいないと思うよ」


 アレルギーって言葉は一般的にも使われるけど、医者が理解するクラスになると、盲人が象を触るって言われるぐらいだって。これは盲人が象のあちこちを触りながら、象ってどんな生き物なのかを想像しながら議論している喩えらしい。


 恵梨香にも恵梨香の親戚にもアレルギー持ちはいないから実感ないけど、甘い病気じゃないことだけは理解した。

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