自殺屋

横淀

自殺屋

 東京の裏路地、それでもそれなりに人通りも多く、昼は営業マンや学生がそれぞれ目的のために颯爽と歩き回る場所。そんな場所の、小さな不動産のような見た目の店に、自殺屋と看板があった。


 中は小さいがそれなりに繁盛しているのか、二、三人の店員がそれぞれ客の対応をしている。客も疲れた顔の女、その付き添いらしき若い女、中年の男など様々だった。


 入り口近くにいた髪のない愛想の良い店員が対応してくれた。

「あの、なんか、何もわからないので相談したいんですけど」

「かしこまりました。弊社は自殺のお手伝いをする会社です。自殺をより痛みを少なく、さっと逝けるようにお手伝いしています。方法はガス、飛び降りがあります」

 なるほど、など相槌を打ちながら右を見ると煙で満たされた部屋があった。ここが練炭室か。今まさに使用中のようで、誰かがきっとここで死んでいる。


「飛び降りはこちらです」

 奥の扉を開けると建設現場のような、鉄でできた簡単な足場があった。その下にはただ真っ暗な広い広い虚空があった。下が見えないということは相当高いのだろう。ここは一階のはずなのに何でこんな空間があるのだろうと思ったが、あまり深くは気にしなかった。


「では、どうされますか?」

「飛び降りで」

「目隠しもできますがどうしますか」

 そんなサービスもあるのか。怖すぎる。目隠しのサービスは断って、奥の部屋を軽く一瞥した。

 私は飛び降りに昔から憧れがある。足から地面が離れて、自由になれる。その死に至る一瞬だけは全てから解放されて私は自由になるのだ。


「ごめんなさい、やっぱりやめます」

「もちろん大丈夫ですよ。辞めるに越したことはありませんから」

「私、理想の死に方があるんです。好きな人の家の前の鉄塔にまたがって、好きな人が家から出てきた瞬間、そこから飛び降りて死にたいんです。そうしたら、ずっと、私のことを、覚えていてくれるでしょう?」

 私は自分でも驚くほど満面の笑みでそれを語った。

「確かに弊社にその方法はご用意がないですね。もし、衝撃的に死にたいなら出来るだけ高いところから、そして頭から飛び降りるとかはおすすめですね。顔がぐちゃぐちゃになるので。」

「他にもご相談があればいつでも来てください。よき自殺を。」

 そう言って店員はにこやかに私を見送った。

 まずは、好きな人の家を見つけないといけないな、と私はウキウキ気分で街を歩き出した。理想の死に方を考えると気分が高揚し、胸が高まった。

 早く私が死ぬところ、彼に見て欲しい。

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自殺屋 横淀 @yokoyodo

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