ストリップ劇場

藤光

第1話 解放区

 ステージの幕が上がった――。

 空一面を灰色の雲が覆っている。

 強い風にあおられた黒い雲が、足早に視界の低い位置を横切って、雨が近づいていることを示している。


 強い風に吹かれた木々がこすれあって、山全体が鳴いている。山深い土地なのだ。見渡す限り、緑の山、深い谷、暗い森。人家は見当たらない。いや、まて。深い渓谷沿いに細い道がうねるように続いている。曲がりくねって、どこまでも、どこまでも。


 やがて道の先に人工的に切り拓かれた土地が見えてきた。広大な敷地内にいくつかの建物が点在している。その外れ、緑の草はらが広がる一角。日光に白っぽく輝くものが見える。


 どうやら、人のようだ。

 柔らかそうな草の上を選んで、ひと組の男女が生まれたままの姿で身体を重ねている。固く結びついた紐が綻びるように、ふたつの身体から緊張が解けた。


 202x年6月5日 午前9時30分 解放区


 男が、ふたたび女の身体に回した手に力を込めようとした。ひきしまった体つきの若い男だった。


「もっとしたい」

「コンドームがないの」


 女は男の厚い胸を押して、身体を離そうとする。男よりいくつか年上かもしれない。黒くながい髪となめらかな白い肌をもった女だった。


「子ども――いてもいい」


 男はそれに女の腕から逃れて首筋にキスをする。女はくすぐったそうに首をすくめたが、男の欲望はきっぱりと拒絶した。


「ぼくたちは子をもてない」


 男はかまわず女の髪を弄っている。


「いい匂いだ」

「妊娠が分かれば堕される」


 ゆっくりと上半身を起こすと、豊かな乳房に纏わりついた男の手をそっと剥がして立ち上がる。


「ぼくもセックスは楽しみたいけれど、後始末に傷つくのが女と決まってるなんて、不公平だと思わないの?」


 形の良い尻をパンツに包むと、作業着を身につけて立ち上がった。服についた草を払う。

 そのとき、弾かれたように身体を起こした男が、すばやく背後を見回した。その顔には、恐怖と不信が張り付いていた。


「どうしたの」

「みてる。見られてる」


 なおも、周囲を見回しているうちに、じぶんが全裸でいることが気になりはじめたのか、あわてて衣服をかき集めだした。


「見られてる」


 そんな男のそばに跪いて、その背中を宥めるように撫でさする女。作業服のポケットから半透明で水色のカプセルを取り出した。


「だれもいないよ。いつもの幻覚だ。不安ならこれを――飲むといい」

「医務室のじじいのか」

「こういうときは便利さ」


 女はじぶんの口にカプセルを放り込むと、口移しに男の体内へそのカプセルを送り込んだ。ゆっくり、深く、確実に。やがて、ふたりの唇が離れると、男の口から長いながい吐息が漏れた。


希空のあ。愛してる」

「ぼくもだよ。かい



 特別医療法人優人会 優人ゆうと高原療養所。それがこの山深い土地に広がる施設の名称だ。しかし、この施設の収容者で、ここをその名で呼ぶのもは一人もいない。ここはその住人たちからこう呼ばれている――「解放区」と。

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