コアラの大冒険

龍二

プロローグ

 2030年京都。


 時刻は0時を回ったところである。山に囲まれた場所に在るくせに、人界の明かりで星は見えない。酔っ払いたちが肩を組んで歩き出す、そんな時間。1000年前の京都で恐れられた夜の闇は、欠片も残っていない。人でない何かが潜んでいた闇は、時の流れの中で漂白されてしまったようだ。日本一の歴史を誇る古都は、新時代の荒波にもまれ、かつての神秘性を失っていた。

 

 そんな街を走るトラックが一台。近づいてみると音楽をかけているわけでもないのにやけに騒がしい。耳を傾けてみると、動物の鳴き声が原因の様である。そう、何を隠そうこのトラックは動物園から動物園へと動物たちを移送する、専用のトラックなのであった。車の音に動物たちが驚かぬよう、なるだけストレスを低減するために誰もがベッドに入る時間帯に、わざわざ走っているのである。


 そんなこととは露知らず、動物たちは乗り心地が決して良いとは言えない荷台に苦情を叫んでいるようである。仕舞にはケージ越しに威嚇合戦を始める始末。なんせ彼らは夜行性、元気は有り余っている。高まっていく車内のボルテージに中てられたのか、ますます合唱は大きくなっていく。ケージに体当たりする音と相まって、いよいよ収拾がつかなくなってきた荷台。そんな物音にうんざりする運転席の二人組。しかし、うんざりする資格も無いかと、眠い目をこすりながら運転に戻る。ヒトの都合で不便をかける動物に対し、何かしら思うところでもあるようだった。




 そんな音の洪水の中に在って、争いに参加せず惰眠をむさぼる動物が一匹。ずんぐりとした体に灰の毛皮を身にまとい、幸せそうに閉じられた瞼の下にはつぶらな眼が一対。可愛い可愛いと人間からもてはやされるその印象に反して鋭い爪を隠し持つ。夜行性のくせに夢の世界に旅立っている、その名もマ〇チ。某チョコ菓子にあやかってつけられた名を持つコアラである。


 もはや置物と見まがうばかりの彼に周囲の動物たちもわざわざ絡もうとはしない。いや、動物園のエースたる彼にどこか遠慮しているようである。ヒトの都合を意に介さずギャーギャーと騒ぎ立てる彼らも、人間の態度から、動物園での序列を理解しているらしい。

 そんなこんなで寝坊助は放っておいて、いざ、荷台最強の動物を決めようと気炎を上げた、まさにその時であった。




 唐突に彼らの会場が爆音と激震に襲われたのである。自然の中に在れば何日も前から地震を察知し一目散に逃げだす彼らではあるものの、コンクリートと鉄格子に包まれ人界に閉じ込められた彼らに本能の囁きを期待するのは少々無茶がある。ましてや、彼らには知る由もないものの、この揺れは飛び出してきた老人を避けたトラックがガードレールにぶつかった結果のモノなのである。分かるはずも無かったのだ。




 ガードレールに尻からぶつかったトラックに穴が開く。その穴に、檻ごとマ〇チが消えていくのを、彼らは茫然として見守っていたのであった。










 突然京の町に放り出されたマ〇チ。老人が突然飛び出してくるという不運な偶然が、彼を予想だにしない場所へと導いていく。しかし、そんなこととは知らぬマー〇は、安息の地から唐突に放り出された感触に、震えるばかりであった。


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