第8話 真夏の海のお持ち帰りそうめん


深夜のスタジオ


最後に鍵をかけたのは部長のハナだった。


ハイネとハナが指がもつれておかしくなるまで速弾きの練習に勤しみ、その後、エフェクターの繋ぎ方から、ピックアップやらギターの素材やらで盛り上がり結局は外はもう明るかった。


ハイネ「あれ、クルルがいない……。」


スタジオの入り口にいたはずのクルルがいない。

抜け殻のダンボールには蚊が1匹とまっていた。


ハナ「早速拾われたか?」


ハイネ「そんな。俺が鍛錬してる間にアイツがいい思いしてたらなんて考えたら……あ、いや、部長との時間は有意義でしたよ。もちろん。めちゃくちゃ勉強になりました。本当です。……部長?」


ハナ「……クルルを見つけ次第尋問し、何があったか簡潔にまとめて報告するように……。練習をサボり良い事があったりなんかしたら、間違ってクルルのベースで緑アンプを破壊してしまうかもしれない。」


ハイネ「部長、冷静に。クルルは額に″蟹″って書かれてますから。大丈夫です。」


ハナ「……眠たすぎて思考回路が……長時間やりすぎたな。」



合宿2日目は軽音部がこうなることを予想して、スキー部と軽音部は昼食まで別メニューだった。


朝食も早々にクルルをみつけたユリは、こっそり耳打ちする。


ユリ「今朝のこと、きっとハイネ君と部長に聞かれると思うけど、言わないほうがいいと思うよ。」


クルルは思わず飲み物を吹きこぼした。


今朝のこと……?!なぜそれを知っている?!


夢のような出来事だったのに……いや、どこまで知っているんだ、ユリちゃんは?


ユリ「あ、ちなみに私はスキー部の女の先輩達に面白がって連れて行かれたってことしか知らないから。」


本当か?!本当なのか?!そう言って本当は全部筒抜けだったりしたら……恥ずかしくて……いや、でも知っていたらこんなに冷静に話せるわけが……。


ユリ「くわしくは聞かないでね。顔の落書きの件はこれでチャラってことで。」


……。


クルルは飲み物を拭きながらブンブンと頷くのであった。


ユリはもしもの時のためにと盗聴モスキートをクルルのダンボールに待機させていた。


こうなってしまったときのために、追尾はさせなかった。


他人のお持ち帰りの内容までは、さすがに聞きたくはない……。




スキー部は朝早くから体力作りに励み、対照的に軽音部は各々の時間に目を覚まし、課題に取り組んでいた。


午後はスキー部が切り倒した竹で作った本格流しそうめん設備に、昨日の成績が良かったチームから上流に並び流れてくる素麺をみんなでつついた。


サクラ先生が素麺を流す。


サクラ「なんだか、たくさんの雛達に餌をやってる気分だわ……。ほーら、よーく食べるんだぞー……。」


チップ「助かります、軽音部顧問、サクラ先生!俺は見ての通り手が塞がってるんでね。」


サクラ「チップ君、例のブツはちゃんと残しておいてね!」 


チップ「ヘイヘイ。先に食べ盛りのお子ちゃま達のかき揚げを、鬼のように揚げているとこだから。」


サクラ「この……ちまちま菜箸で麺流すのも疲れてきたわ……」


チップ「ほらほらお前達、サクラ様がお疲れだぞ!誰か変わってやれ!」


モブ1「あっ俺が!!」


モブ2「先生、座ってください、俺変わります!」


サクラ「チップ君、そんなつもりじゃないのに。」


チップ「……だそうだ、お前達しっかり食えよ!」


チップが天ぷらを揚げる横では、昨日の最下位男子チーム4名が不名誉のタスキをかけ正座で待機していた。


″エサを与えないでください″″世界の雑用係″

″本日私はあなたの奴隷″″負け犬ですどうぞ罵って″


チップ「よし、最下位チーム!揚げたてのかき揚げを、皆様にお持ちしろ!」


チップさんに命令され立ち上がる。


ヨシキ「部長……さすがに、そのタスキはスキー部部長につけちゃいけないと思うんで……せめて俺のと変えません?」


ヒデ「後輩、そんなこと気にするな、……案外嫌いじゃないんだ。」


ヨシキ「部長ってやっぱりMっスね!」


ヒデ「どちらかと言うと……ドMだな!」


フウカ「もう!ほら冷めちゃう!」


ピンクのエプロンをしたフウカが両手いっぱいの熱々天ぷらを突き出す。


ヒデ「うわ、アッチ!ウサ耳つけてるやつはもっと可愛く振る舞えよ!」


フウカ「うるさい!」


ヨシキのタレコミとマリの焚き付けにそれぞれ翻弄され、お互い小学生のように意識して反発する。



最下位チームの女子達は可愛いフリフリエプロンにうさ耳や猫耳をつける罰ゲームだった。


マリ「フウカ先輩これもお願いしますにゃ♡」


マリはノリノリでネコに扮する。

箱入り娘のマリにとって、普段抑圧されていたうっぷんを晴らすにはちょうどいい発散イベントだった。


リコとユリは面白がって様々なポーズのマリの写真を撮った。


数ヶ月後に後悔するとも知らずに……。



昼食後はそのまま各々で残り時間を楽しむのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る