魅入る

夏伐

彼女

 ここは、……ああそうだ。


「大丈夫?」


 涼やかな風が通り抜ける神社の境内。木漏れ日の下で彼女が微笑んでいた。

 俺たちは田舎に住んでいる祖父母に結婚の挨拶をするためにはるばる車でやってきたのだった。

 いつもは祖父母が家に来るのだが、今回はどうしても嬉しい報告を早くしたかった。サプライズというやつだ。


 挨拶の前に神社に寄ってそれから散歩がてら歩いて行こうという話になっていた。


「大丈夫、早くじぃちゃん家に行こう!」


 彼女の手を引っ張って苔むした階段をゆっくりと降りる。


 可愛く照れている彼女の顔を見て俺は幸せを感じた。

 幼なじみに可愛いアイドルみたいな子がいるってだけで世の男共からブーイングがありそうなもの。

 その上、その幼なじみと結婚だなんて……!


 じぃちゃん家に着いて、少し緊張気味の彼女のために一呼吸休む。

 曇りガラスの玄関扉を開けようとして、鍵がかかっていることに気づいた。

 

 防犯意識ゼロの祖父母宅にもついにセキュリティが! と、感動している場合ではなかった。


「ごめん、先に電話で連絡しておくべきだった……」


 謝ると、彼女は頭をふり笑顔になる。


「謝らないで。これも良い思い出になるわ」


「ありがと」


 俺たちが二人で微笑みあっていると、家の中からお経のようなものが聞こえてきた。


 なんまんだぶ。なんまんだぶ。


 どうやらばぁちゃんは在宅中らしい。


 インターホンを押すも鳴らない。仕方なく玄関扉を叩く。


 がしゃん、がしゃん。


 この音、嫌いなんだよなぁ。鼓膜に響くって感じで。


「ばぁちゃーん! 開けてー」


 俺が声をあげるたびに悲鳴じみた読経も大きくなっていく。

 尋常じゃない様子に心配になって俺も必死になって玄関を開けようとした。

 誰かの影が扉に浮かび上がったことで読経こじあけ合戦は終了した。


 シルエットしか分からないけど多分じぃちゃんだ。


「じぃちゃん、俺だよ! 開けてってば」


「いね!」


「さっさどこっがらいねや!」


 じぃちゃんが聞いたこともない恐ろしい声音で怒鳴っている。


 いねって……彼女も困った顔をしている。

 去れって意味なのは分かるけど、何で?


「このばがもんがぁ!」


 何かタイミング悪いときに来たのかもしれない。

 俺は彼女に向き直って、


「今日は帰ろうか……」


 というが、彼女は笑顔のまま動かない。

 手をつないでも無反応だ。


 じいちゃんは未だ怒鳴ってるしばぁちゃんはお経に忙しい。


「じぃちゃん、俺たち帰るから!」


 俺が思いっきり怒鳴ると彼女の顔が真っ黒に染まる。


「やだやだや「やだ」だやだ「やだ」やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」「やだよぉ」


 幾人もの声が反響する。全部、彼女から発せられていることを認識した瞬間、


「うわあああーーーーっ!!」


 俺は悲鳴を上げて目を覚ました。


 目が覚めると真っ白な天井が目に入る。


「気づいたのね!」


 久方ぶりに聞く母の声に俺は状況が掴めずにいた。


 父もいる。じぃちゃんもばぁちゃんもいる。

 そして、

「良かった……」

 彼女が涙を浮かべていた。


 夢で見た印象と違い、彼女は十人並みの容姿だがとても気が合うのだ。そもそも夢に出てきた彼女は一体誰なんだ?


 俺に幼なじみなどいない。

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