第59話 部下に感動する王子

 シンと静まり返った広場を見て、シャーロットがゆっくりと話し出した。


「先ほど、国境付近でお話した通り、私達は双子です。今までずっと、二人でシャーロット姫を演じていました。それは、前女王にそう振舞うよう言いつけられていたからです。ですから私達はずっと言いなりになった振りを続けていました。いつか、いつか必ずこの国を取り返せると信じて。そして今日、ようやくそれが叶ったのです。前王から私、姉のシャーロットが王位を譲り受け、それと同時にグラウカとの友好条約に調印しました。よって、今日からアルバは私、シャーロットの統治になります。末永くこの国で皆が安寧に暮らせるよう努めてまいります」

「私、妹のシャーロットは、姉のシャーロットをこれからも支え続けると誓います。ドジばかりでどうしようもない私ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言ってシャーロットとシャーリーは同時に頭を下げた。普通、王族は頭など下げない。そんな二人を見て、しばらくはシンとしてしていた民衆が、まるで爆発したように沸いた。


 次第にあちこちから、シャーロット女王万歳! という声が聞こえてくる。


「ほう、凄いな。なかなか人気じゃないか。やはりシャーリーが可愛いからだな」


 もっとシャーリーの雄姿を良く見ようとテラスに近づいたギルバートは、ここで姿を現す訳にはいかないので、テラスにかかっていた重いカーテンを隠れ蓑にしてこっそりと二人に近づいて行った。


 ところが、カーテンにくるまって近づいたのはいいが、このままではシャーリーが見えないと言う事に気付いたギルバートがそっとカーテンから顔を覗かせようとした途端、風が拭いてカーテンが風に煽られてしまった。


【し、しまった! バレてしまう!】


 咄嗟にカーテンを引っ掴んで風に飛ばされないよう勢いよく引っ張ると、今度は引っ張り過ぎたせいで重いカーテンが千切れて双子を隠すようにバサリと二人を覆ってしまったではないか!


 これはマズイ。非常にマズイぞ。


 振り向くと、後ろで控えていたガルドが駆け寄ってきてすぐさまカーテンごと二人のシャーロットを室内に引っ張り込む。


「ちょっと! 一体なんなの……よ……」


 先にカーテンから這い出してきたシャーロットは、突然被せられたカーテンを見てギョッとして青ざめている。


「ね、姉さま、ティアラ、ティアラが引っかかって! 一体何があったんですか⁉」

【す、すまん二人とも! 許せ、ワザとじゃないんだ!】


 そんなシャーロットに気付かないギルバートが心の中で謝っていると、続いてテラスからガルドの怒鳴り声が聞こえてきた。


「お前達! 見ていたな⁉ 捕えろ!」


 ガルドが叫ぶと、その一言にあちこちに居たグラウカとアルバの騎士が動き出し、一人の男を拘束した。手には今しがた使ったであろう小型の弓が握られている。


 その声にギルバートはようやく分厚いカーテンに一本の矢が刺さっている事に気付いた。


 おもむろにその矢を抜いて矢尻を見ると、それは特徴的なモリスの物だ。


「【こんな所で】仕掛けて来たか。【僕のシャーリーに当たったらどう責任を取るつもりなんだ! それにしてもガルドの奴、よく咄嗟に気がついたな! あいつの視力は一体いくつなんだ!】」

「あ、ありがと。おかげで助かったわ」

「礼はガルドに言ってくれ。シャーロット、近々戦争になるぞ。準備しておけ」

「ええ。グラウカはどうするの?」

「もちろん参戦する。友好条約を結んだんだ、当然だろう」


 その言葉にシャーロットとようやくカーテンから這い出て来たシャーリーが頷いたのを見て、ギルバートは控えていたロタに言った。


「ロタ、ヒヨコマメに手紙を持たせてくれ。調印は済んだ。開戦の準備をしておいてくれ、と」

「シータだってば! 分かった。すぐ書く」


 そう言ってロタはその場で手紙を書き、それをヒヨコマメの足に括りつけた。


「さ、行きな。王子の従者のとこだよ。知ってるだろ?」

「ピ!」


 ヒヨコマメがこっそりとテラスから飛び立ったのを見送ったギルバートは、振り返って言った。


「アルバ前王はうちで保護しておこう。地理的に戦場になるのはアルバだ。お前達も一時グラウカに身を潜めていろ。シャーロット、新しい王政の人選はどうなっている?」

「決めてあるわよ。シャーロットに継がせるつもりだったから、そこら辺は抜かりないわ」

「ね、姉さま⁉ やっぱり自分が処刑されるつもりだったの⁉」

「お説教は後で聞くわ。今はあなたにしか出来ない事をしてちょうだい」


 シャーロットの言葉にシャーリーは頷いて部屋を飛び出して行った。


「……大丈夫なのか? シャーリーは」

「大丈夫よ。あの子はドジだけど馬鹿じゃない。あっという間にそこら中から傭兵を集めて来るわ」

「そうか。ではそれを信じて僕も僕のすべき事をしよう。うちから宰相と王を呼ぶ。作戦会議には僕も出るが、君はどうする?」

「私達の国よ。出るに決まってるわ。それに、ここで舐められる訳にはいかないのよ」


 強い目で言うシャーロットにギルバートは頷いた。これは頼もしい。結婚はしたくはなかったが、互いの国にとってこれからはきっと良いパートナーになれるだろう。

 

◇◇◇

              

 ヒヨコマメがサイラスの元へやってきたのは日が沈みかけた頃だった。


 ギルバートがここには居なくてもサイラスの仕事は無くならない。今日も洗い上がりのギルバートのマントのチェックをしていたサイラスである。


「あれ、ヒヨコマメ。どうしたの?」


 この鳥はずっと間諜役をしていたが、ある時から異様にギルバートに懐いてしまった。最近ギルバートがこっそりとこの鳥の事を『ヒヨコマメ』と呼んでひよこ豆を与えている事をサイラスはうっかり知ってしまったのだが、それからというものサイラスはあのトウモロコシ人形の中にいつもこっそりひよこ豆を足しておくのである。

 

 ヒヨコマメはサイラスの肩に止まって片足をズイっとサイラスに差し出して来た。そこにはしっかりと手紙が括りつけられてある。


「お使いありがとう。はいこれ、ひよこ豆」


 サイラスはポケットに入れていた補充用のひよこ豆をヒヨコマメにやると、手紙を開いて息を飲む。


「成功した……でも、またすぐ戦争……」


 手紙を読みながら手を震わせたサイラスは急いで手紙を王に渡して自室に戻ると、ベッド脇に置いてあったギルバートの甲冑を徐に磨き出した。


 ギルバートは絶対に戦争に狩りだされるだろう。むしろ、喜んで参戦争するに違いないのだ。そんなギルバートに自分が出来る事と言えば、これぐらいである。

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