第58話 婚約破棄に成功した王子
そんな中、ふと一人の国民が言った。
「姫だ……この尋常じゃない間の悪さは間違いなく姫だ……それにロタさんが証言してるんだ、間違いない!」
「ほ、本当だな……姫様の運の悪さはどうしたんだってぐらい悪いからな……」
「そうだよ! 姫様は一歩歩けば水をかぶり、二歩目を踏み出せば牛の糞を踏み、三歩目で腐った木の板を踏み抜いてドブに落ちるような方だ。そして絶対に周りを巻き込むんだ!」
「み、皆酷いわ……どうしてそんな事ばかり覚えているの……?」
口々にシャーリーの不幸話を始めた国民達に、シャーリーの顔は真っ赤である。
そんなドジっ子シャーリーが可愛くて仕方ないギルバートは、そっと口元を手で覆う。もちろん笑いを堪える為なのだが、それを何をどう勘違いしたのか、ロタは小声でギルバートに尋ねてきた。
「王子の言った通り、ちゃんと来たよ。こうなるって予め分かってたの? 姫さんだけじゃ信じてもらえ無さそうだったもんね」
「【僕の指示? 何のことか分からんが】助かった、ありがとう」
「いいよ。私もあの拷問部屋で頭がすっかり冷えたよ。サイラスだっけ? あんたの従者に作戦も聞いた。私はレイリーと幸せになりたかっただけだ。ちゃんと手を貸すよ。だから出来れば私をレイリーと同じ日に処刑してよ」
ロタの言葉にギルバートは首を傾げた。
「まぁ、お前もレイリーも大袈裟なお家騒動に巻き込まれただけだ。元より処分するつもりもない。ただ、お前達はまだどちらも捕虜だ。よって、残りの一生を罪人同士互いに監視し合いながらグラウカで過ごせ」
ギルバートの言葉にロタはゴクリと息を飲んで、次の瞬間目に涙を浮かべて、ははは、と笑った。
「飴といい処分といい、銀狼は噂とは随分違う。敵には本当に容赦なさそうだけど」
サイラスから一体何を聞いたのか、そう言ってロタは笑った。それを間近で聞いていたシャーリーも涙を浮かべ手を叩いて喜び、さらにそれを見た国民達は、ようやくギルバートの誤解を少しだけ解いてくれたようだった。
というよりも、そもそも何故誤解されていたのかがさっぱり分からない訳だが、これは一度世間のギルバートの認識と自分の思う自身の相違をきちんと見直した方がいいかもしれない。
そこに一羽の鳥が飛んできてギルバートの腕に止まった。それを見てギルバートとロタが同時に声を上げる。
「シータ!」
「ヒヨコマメ!」
ん? シータ? 思わず首を傾げてロタを見るとロタも、は? みたいな顔をしてギルバートを見ている。
「えっと、ギル……この子、ロタの鳥なの。名前はシータちゃんって言うんだけど……」
「……そうなのか。すまん、僕はずっとヒヨコマメと呼んでいた」
ギルバートがその名を言った途端、ヒヨコマメは嬉しそうに鳴いた。それを聞いてロタは青ざめてギルバートの腕からヒヨコマメを取り上げる。
「止めてよ! シータ、あんたの名前はシータだよ!」
「ピ?」
「やだやだやだ! 変な名前で定着しちゃってる! レイリーと二人で考えた名前なのに! だから嫌だったんだよ! 作戦とは言えシータ使うのは!」
「わ、悪かった」
ロタの物凄い剣幕に押されるギルバートを見て、シャーリーはようやく安心したように笑った。そしてふとヒヨコマメの足に手紙がついているのを見つけて解くと、それをギルバートに渡してくる。
「これはガルドからだな。どうやら先程シャーロットの調印が終わったらしい。王も無事だ。さあお前達、街に戻れ。これからシャーロット王女の演説が行われるぞ」
ギルバートがヒヨコマメの足についていた手紙を読んで声を張り上げると、国民達はその途端、歓声を上げて我先にと帰路について行く。
「僕達は安全策をとって裏道から行こう。お前達、国民が安全に戻れるよう護衛せよ」
「はっ!」
ギルバートの声にグラウカの騎士達と傭兵達は国民の周りを守るように隊列を組んだ。まだどこかにモリスの兵が潜んでいるとも限らない。
そう考えての事だったが、どうやらそれは当たっていたようだ。
ギルバート達が裏道を抜けて城へ向かうと、先に戻っていた国民達は既に興奮した様子で城の下の広場に集まっていた。あちこちでグラウカの騎士が守ってくれたおかげだ何だと息巻いている。
「どうやらこちらから戻って正解だったようだ。という事は、遅かれ早かれ今日の夜には王位が変わった事がモリスに知れるな」
「ええ、恐らくね。あんた達が追い払った兵士がきっと証言するわ。それに、向こうも鳥を使う。夕方には伝わると思うわ」
「シャーロット! お前、音もなく近づくな! 驚くだろう⁉」
誰にともなく呟いた声に突然返事が聞こえてきて驚いたギルバートは、慌てて振り返って息を飲んだ。
「ご挨拶ね、元婚約者に向かって。喜んでちょうだい。私が女王になった事で、あなたとの婚約は完全に破棄よ」
「ああ、もちろんだ。【ついでにシャーリーとの婚約をどうにかして申し込めないだろうか……友好条約の為とか何とか言えばどうにかなるのでは……? いや、でも大事なのはシャーリーの気持ちだ。それを蔑ろにする訳にはいかないものな】」
「それじゃあ、私達は行くわ。後ろから聞いて行きなさいよ。ありがたい元悪役令嬢の演説を」
「……それは現在進行形では?」
「あら、今は悪役女王よ。ね? シャーロット」
「はい! 姉さま」
シャーロットが振り返ると、そこにはシャーロットと全く同じドレスを来たシャーリーが笑顔を浮かべて立っていた。そんな二人をマジマジと見つめてギルバートはポツリと言う。
「慣れてくると案外見分けがつくものだな」
「そう? さっき父さまは私達を見て卒倒しそうになってたわよ。ねぇ?」
「ええ。母様も無事だって伝えたら、泣いて喜んでらしたわ。まだ呪術のせいでぼんやりしてるけど、あとでギルにお礼が言いたいって」
「分かった。いや、僕は特に何もしてはいないが、とりあえず国民達には真実を話してやってくれ」
ギルバートが言うと、二人は頷いてテラスに二人仲良く手を取って出た。二人は仮面をつけたままだ。
二人の仮面をつけたシャーロット姫を見て、民衆はざわついた。それを収めるかのように、二人がゆっくりと仮面を取る。
実際に自分の目で見ないと信じられなかったようで、二人が仮面を取った途端、それまでざわついていた民衆が水を打ったように静まり返った。
「ひ、姫様が……二人……」
「本当……だったんだ……」
シンと静まり返った広場を見て、シャーロットがゆっくりと話し出した。
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