第46話 一芝居うつ王子

「あれ? 珍しいな、お前が手紙なんて書いてるのは」


 従者の控室に荷物を置きに来たガルドが、机に向かって一心不乱に手紙を書いているサイラスに向かって言うと、サイラスはハッとして顔を上げた。


「王子に頼まれたんだ。モリスに手紙を書けって」

「モリスに? 王子が? 何故」

「あの花の種を寄越せ、シャーリーンにも送ってやるって書けって」

「それは……モリスへの探りか?」

「それ以外にないと思う。王子は多分、あの花がモリスの固有種にも関わらずグラウカにあった。そしてそれをシャーリーンに送るって言う事で、彼女が生きている事も知っているぞ、って伝えたいんじゃないかな」


 サイラスが言うと、ガルドも深く頷いた。


「なるほどな。シャーリーンが生きている事を知っているのは、あそこにシャーリーンを隠しているアルバ王とシャーロットだ。もしもシャーロットもモリスの手先なら急いでシャーリーンを始末しに来る。が、万が一知らなければ、仲間割れしてくれると言う事か」

「うん。どうして今まで思いつかなかったんだろう。シャーロットとアルバの王妃が手を組んでいるのは分かったけど、どこまでお互いの情報が行き交ってるかは分からなかったから、この手紙で向こうの様子を見るつもりなんだろうね」

「なるほどな。という事は、あの教会にも見張りを置いた方がいいな。もしもシャーリーンの事をモリスが知っているなら、この手紙を見て間違いなく先に始末にくるだろうから」


 ガルドはそう言って部屋を後にした。ところが、この手紙から二週間経ってもモリスから返事どころか動きも無かった。

 

◇◇◇


「アルバの民衆に動きがあったようです!」


 国境付近で見張りをしていた騎士が慌てた様子で城に戻って来た。


 シャーリーの居場所が分かってから、一週間後の事だった。これを聞いたのは王だ。


 肝心のギルバートはと言えば。


「ふむ、ここか……【ボロいな……今にも天井は剥がれ落ちそうだし床は抜けてしまいそうなんだが……】」


 いかにも旅芸人風の恰好をしてシャーリーが隠されているであろう娼館の前に居た。連れてきたのは騎士団の中の精鋭の数人だ。ちなみにガルドは置いてきている。


 道中アルバを通ってモリスまでやってきたが、民衆は既に結託してすぐにでもグラウカに攻め込んできそうな勢いだったのだ。ガルドを置いてきておいて本当に良かった。


 何となく嫌な予感がしていたので、ついでにシャーリーの侍女の後をつけさせていた者にもある事を頼んでおいた。


 何故ギルバートがここに居るかというと、手紙の返事が無いのを自ら探りに行くと言うのは建前で、もう我慢出来なかったというのが本音である。


 だから作戦を書いて提出した紙にはこの娼館にやって来る事は一切触れていない。


「王子、本当にここなんですか?」

「ああ。【到底信じられないのは分かる。あの可憐という単語が服を着て歩いているようなシャーリーがこんな所に居ると思うと、俄かには信じられないが本当なんだ。】いくぞ」

「はい」


 ギルバートはいつだって品行方正で間違った事は大嫌いである。そして清廉潔白である。つまり、娼館になど来た事がない! 


 何をする所かは分かっていても、店に足を踏み入れた途端にあちこちから女の嬌声が聞こえてきて、思わず顔を伏せてしまった。


「いらっしゃい、泊りかい?」

「いや、休憩でいい。最近ご無沙汰なんだ。抜けりゃそれでいい」

「⁉」


 騎士の一人が慣れた様子で何やらよく分からない単語を連発する横でギルバートは静かに震えていた。


【どうしよう……何を言ってるのかさっぱり分からない】

「兄貴はどうする? いつものでいいか?」

「ああ、そうだな。【いつものって何だ! 何がいつものなんだ⁉】」

「じゃ、金髪で紫の目の女だな。そういうのはいるか?」


 騎士の言葉にようやくギルバートはハッとした。ああ、好みの話か……ふぅ。


 騎士の注文にカウンターの中に居た女主が少し考えてギルバートをマジマジと見つめてきた。


「あんた、ただの旅芸人じゃないね?」

「⁉」 


 あっさりと見破られたか! 思わず身構えたギルバートを見て女主は意地悪く笑った。


「やっぱりね。いくら出せる? それによってはとっておきのを紹介するよ。何せついこの間入ったばっかりの、まだ客も取ってない子だ。それはもう可愛くてね。初物は良い人にと思ってたんだよ。きひひ」

「へぇ。金髪で紫の目か?」

「ああ、そうだよ。髪は腰ぐらいまでさね。器量はいいよ」

「……その女、見てみたい。【というか、絶対にそれはシャーリーだよな⁉】」


 ギルバートが一歩前に出て女主を見下ろすと、胸元から金貨の入った袋を取り出して、中から三枚の金貨を取り出して机に並べた。


「……見るだけかい?」

「別に違う店に行ってもいいんだぞ?【そもそも、シャーリーは正規のルートでここにきた訳ではないだろうが!】」


 ギルバートはそう言って金貨を仕舞おうとすると、女主は早口で言った。 


「何者なんだい? あんた達」

「俺達は宮廷専属の芸人だ。モリスの王に呼ばれたんだが、生憎一日早く着いてしまったんでな。たまにはこんな所で羽を伸ばすのも悪くない」


 ギルバートの言葉に女主はゴクリと息を飲んだ。それを見てギルバートは理解する。これから戦争になるだろうという事を、この女主は知っている。


 と言う事は、モリスから返信が無いのは既に戦争準備に入っているからか。


 ロタもレイリーも言っていた。近々アルバの王妃がアルバ王と離縁してモリスに戻ると。アルバの王妃が嫁いできた頃から既にモリスの仕掛けた罠は始まっていたと言う事なのだろう。そして何かが完了したからアルバの王妃は離縁して戻ると言う事か。それが一体何なのかを知るには一体どこに手をつければいいのか……。


 大きなため息を落としたギルバートを見て、女主は表情を変えた。


「見るだけでも構わないよ! 王に呼ばれてんなら話は別さ。こっちだよ、ついといで。ただし、あんただけだ」

「ああ【何だ、急に】」


 不審に思いながらもギルバートが女主の後に続くと、騎士達が不安気に視線を送って来た。そんな視線にギルバートが頷くと、騎士達も安心したように頷く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る