第38話 思案する王子

 サイラスとガルドはあちこちの伝手を使って、毎日必死になってシャーロットの母親を探していた。元城勤めのメイドなど、吐いて捨てる程いる。


 だが、王のお手付きになったメイドはさほど多くはないはずだ。


 母親探しを初めて一週間と少しが過ぎた頃、ガルドの元にこんな情報が入った。


「王には昔、恋人が居たらしい」


 と。


 それは誰だと問い詰めると、子爵家の娘だったという事しか分からないと告げられた。それをギルバートに報告すると、ギルバートは書類から顔も上げず言った。


「【誰かがアルバ王の振りをして手紙を書いたのか? シャーリーをどこに】隠してるんだ。王が【今更あんな手紙を書くとは思えないしな】」

「! なるほど! 失礼します!」


 ガルドはそう言って執務室を飛び出した。


 そうか! シャーロットの母親はメイドではない。愛人だ。


 いや、何なら今も王の本命なのではないか⁉ だとしたら王が隠しているという可能性は大いにある。もしかしたら、何度も正妻によって危ない目に遭ったのかもしれない。


 ガルドはすぐに使いを出した。アルバ王の生活のルーティンを詳しく調べ上げ、一つの答えに辿り着く。


「サイラス、俺は少し教会に行ってくる」

「え? なんでまた」

「シャーロットの母親が見つかったかもしれない。王子の勘が正しければ、シャーロットの母親は間違いなく、あそこに居るんだ。ついでに双子かどうかも探ってくる」

「どういう事?」


 訝し気なサイラスにガルドはすぐに事情を説明した。全て聞き終えたサイラスは頷いて、すぐに馬車を手配する。


「気をつけて」

「ああ。あと、ついでに入った情報だが、アルバの者達がシャーロットを取り返そうと運動を起こしているらしい。シャーロットはアルバでは、もしかしたら悪役令嬢ではなかったのかもしれないな」

「えぇ⁉」


 だったらなんであんな噂が流れたのだ? そう思いつつ、サイラスはすぐにシャーロットの牢の警備を増やした。


 もうすぐ処刑されるかもしれないと言うのに、シャーロットは少しも怯えた様子は無かった。取り乱しもしない。気味が悪いぐらいに。時折、ロタは無事なのかと聞いてくるぐらいで、他には何も話さなかった。


 

 ガルドは馬車を走らせ教会に急いだ。やがて見えてきた教会に飛び込み、アルバの騎士団の者だと偽り年老いたシスターにアルバの王からの使いだと伝えると、案外シスターはすぐにある部屋に案内してくれた。


「ここは?」

「ここがシャーリーン様のお部屋です。今は眠っておられます。もう、何年も……」


 そう言って視線を伏せたシスターを見て、ガルドは頷き部屋の中に足を踏み入れた。


 そしてシャーリーンを見て驚く。それは、本当にただ眠っているようだったからだ。まるで魔法にでもかけられたかのように眠っている。顔立ちは愛らしく、やはりシャーロットと似ている。痩せ細る事もなく、辛そうに顔を歪めるでもない。


「病気か? いつから眠っている?」

「分かりません。医者はどこも悪くないというのです。ですが、目を覚まさしません。もう3年になります……私達もどうすればいいのか分からないのです。やはり、忌子を産んだからです! おまけに王妃に命まで狙われて! 王の血筋はシャーロット様しか居ないのに! ああ、シャーリーン様!」

「あなたはシャーリーン様の侍女なのですか?」

「ええ、ええ、そうです! あの女がしゃしゃり出て来なければ、シャーリーン様が王妃になるはずだったのに! どうして……どうしてこんな事に!」


 なるほど。ガルドはアルバの王からだと言って買ってきた花束を侍女に渡した。


「忌子の一人は、今どこへ?」


 ガルドの言葉に侍女は真顔で言った。


「もちろん、殺しました。忌子はそうするのが習わしです。あなた、本当にアルバの騎士ですか?」


 マズイ。ガルドは咄嗟に嘘を考えた。騎士道一本でやってきたガルドである。嘘は限りなく苦手だ。


「実は、最近になってシャーロット姫が二人居るという噂が流れだしたのです。ですから、確認に来たんですよ。本当に、確実に殺しましたか?」


 鋭いガルドの視線に、侍女の手が震えた。どうやらビンゴのようだ。ギルバートにシャーロットが双子かもしれないという話を聞いておいて、本当に良かった。


「殺していませんね? もう一人のシャーロットは今、どこに?」

「そ、それは……」


 言い淀んだ侍女を、ガルドはそれ以上問い詰めはしなかった。


「……言えませんか。大丈夫です。私がここに来た事は王しか知りません。そして、私は今聞いた話を王にも伝えないと約束しましょう。王は、もう一人のシャーロットが生きている事を、知らないのですね?」

「は、はい。知っているのは……私と王妃と双子のシャーロット様、それから数人のメイド達だけです。私は、シャーリーン様の娘がたとえ忌子だとしても殺す事など出来なくて……。本当に、申し訳ありませんでした」


 そう言って涙を流しながら床に頭を擦り付ける侍女を見て、ガルドは侍女の肩に手を置いて言った。


「これは私の個人的な意見ですが、あなたの判断は正しかったと思います。忌子など、この世には居ない。少なくとも私は、そう思います」


 ガルドの言葉に侍女はハッとして顔を上げた。


「あぁ……神よ……」

「それでは、失礼します。シャーリーン様によろしくお伝えください」

「は、はい!」


 ガルドはそう言って教会を出た。城に戻り、すぐさまギルバートとサイラスに報告すると、ギルバートは深く頷いただけだった――。


◇◇◇


 やはりな。ギルバートは頷いてお茶を飲んだ。


【やはりシャーロットは双子だった! 真の悪役令嬢は、今牢に居る方だ。双子の片割れを処刑して、どうしようというのだ⁉】


 よくよく考えればおかしな話である。双子だという事は分かったが、どうして今更片割れを殺す必要があるのだろう? 考えられるのは一つだ。


「姫を辞めたいのか」

「え⁉」

「双子の片割れをシャーロットとして殺してしまえば、シャーロットの存在はこの世から消える」

「で、でもそれは……何故?」


 ガルドの声は、ギルバートには届いていなかった。考えるのはシャーリーの事ばかりだ。今頃ギルバートの愛しい白パンはどこで何をしているのか。辛い思いをしていなければいいが。

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