第37話 作戦を立てる王子

 その頃、サイラスとガルドはサイラスの部屋のベッドの下と、衣装ダンスの中にそれぞれ隠れていた。ギルバートの自室に隣接しているのは、側近であるサイラスの部屋である。


 ギルバートはああ言っていたが、結局何の説明もないままさっさと行ってしまった。


 けれど、二人はそんなギルバートの言葉を疑わない。何故なら、彼の言う事はいつも正しいからだ。ここに誰が来ようとも、そいつが内通者なのだろう。


 ガルドはこの話を聞いたあと、すぐに行動に移した。


 王族だけに許された通路を全て点検したのだ。サイラスと二人で。すると、拷問部屋に繋がる通路だけに、つい最近使われた形跡が残っていたのだ。


 ギルバートは何かに気付き、すぐさま行動に移したのだとこの時知った。


「俺達も信用されていなかったって事か」


 ガックリと肩を落とすガルドに、サイラスは言った。


「そうでなきゃ、王子は務まらないと思う事にしたよ、僕は」


 ついこの間と全く反対の二人は、お互い顔を見合わせて苦笑いを浮かべ、今こうしている。


 息を潜めてここでこうして待っていたが、一体どれぐらいの時間が経っただろう?

 誰かが部屋にやってきた。


 ガルドは衣装ダンスの鍵穴の中からその人物を見て思わず声を上げそうになる。


「ロタ? どこだ?」


 その声に、ベッドの下に隠れていたサイラスまでもがハッと息を飲んだ。まさか! ありえない! そう思うが、はっきりと言った。ロタ、と。


 すぐに信じられなかったのは当然の事だ。声の主は、もう長い間グラウカに勤めている、執事の声だったのだから!


 サイラスはゴクリと息を飲み、ガルドと立てた計画通りに動く事にした。


 まず、サイラスがベッドの下から男の足を掴んだ。


「!」


 動きを封じた所に、すぐさまガルドが衣装ダンスから飛び出してきて執事に剣を突きつける。


「どうしてここへ? レイリーさん」

「な、何だ! ど、どうしてお前達がここに⁉」

「王子に言われたんですよ。ここに、内通者がやってくると。あなたの探しているロタは、既に居ませんよ、どこにも」

「な……に? 殺した……のか?」

「さあ? 裏切者に教える義理はありません。おい、連れて行け」

「はい!」


 いつの間にかやって来ていた騎士団に連れられて、レイリーは悪態をつきながら連行されて行く。


 そんな後ろ姿をサイラスは、複雑な思いで見ていた。どうしてあの人が? そう思わざるを得ない。幼い頃から彼の仕事ぶりを側で見て来たサイラスだ。胸が締め付けられるように苦しくなる。


 そんなサイラスの気持ちを察したかのように、ガルドがサイラスの肩をポンと叩いた。


「気持ちは分かるが、まだ終わっていない。次はシャーロットの母親探しだ」

「……ああ、そうだね」


 気分をどうにか切り替えたサイラスは、重い足を引きずってノロノロと歩き出す。ギルバートのこんな近くに内通者がいただなんて、思いもしなかった。どうして今まで気づかなかったのだろう?


 落ち込みながら歩いていると、向かいからギルバートがやって来た。その顔は険しい。


「聞いたぞ。よくやってくれた。【信じたくはなかったが……やはり、な。僕の趣味を知っているのは、あのスパイだった部屋付きのメイドと、いつも新刊を入手してくれていた彼だけだったからな……。しかし】裏切りは裏切りだ。【本当は許してやりたいが、それは出来ない。グラウカを守る王子として、】それだけはしてはいけない」


 ギルバートの言葉に、それまでしょぼくれていたサイラスは顔を上げた。


「! はい! 肝に銘じます!」


 裏切る気など全くないが、この清廉潔白なギルバートからすれば、裏切り行為はやはり許せないのだろう。


 ショックすぎて腑抜けかけたサイラスに、ビシリと喝が入る。そうだ。どれほど今まで忠実に従っていたとしても、一度の裏切り行為が国を亡ぼすかもしれなかったのだ。


「ああ【いや、お前が裏切ったら、僕は多分ショック死するぞ? 絶対に止めてくれよ⁉】」


 サイラスはギルバートに一礼をしてその場を立ち去った。すぐにアルバに行き、シャーロットの母親を探さなければ! 


◇◇◇


 ギルバートは執務室で大好きな書類仕事に勤しんでいた。長年勤めていた執事がスパイだったという事実は、今も伏せられている。体調を崩し、長期休暇を取っているという事になっているのだ。


 万が一牢にいるシャーロットにそれがバレてしまっては、すぐに外と連絡を取ろうとするだろう。それは避けたい。


 あれから毎日、ギルバートはシャーロットの牢に足を運んだ。処刑前にどうやってシャーロットとシャーリーを入れ替えるつもりだったのか、その糸口が少しでも掴めれば。そう思ったが、流石本物の悪役令嬢シャーロットである。一向に尻尾を出さない。


【はぁ……シャーリーの母親も見つからないし、どうしたものかな】


 大きなため息を落とした所に、珍しく執務室に父がやって来た。


「ギル、少しいいかい?」

「はい【どうしました? は! 何か新しい書類仕事ですか? 喜んでやりますよ!】」

「アルバの王から手紙が届いたんだ。君にも見てもらいたい」

「アルバの王から?」

「ああ」


 そう言って父はギルバートに手紙を渡してくる。手紙を見ると、そこにはとても信じられないような内容が書いてある。


 手紙を要約すると、シャーロットが今回こんな事を企てたのには、何か理由があるはずだ。どうか処刑はしないでやってほしい。一度、シャーロットと面会したい。


 そのような事が書いてあって、ギルバートは思わず手紙を破り捨てそうになった。


「何をぬけぬけと【ふざけるな! こんな言い訳が通ると本気で思っているのか⁉】」


 ギルバートはすぐに父に進言した。父はお人好しだ。わざわざこの手紙をギルバートに読ませたのは、一瞬でも迷ってしまったからなのだろう。


「父上、この手紙に書かれてある事、嘘だとは思いませんが、信用はしない方がよろしいかと」

「やはりギルもそう思うかい? 私もそう思うよ。ただ、どう返したものかと悩んでしまってね……」

「一つ、提案があります。シャーロットを処刑しましょう」

「え⁉ も、もう⁉」

「はい。いえ、正しくは、処刑したとアルバに伝えましょう。アルバがどう動くか、様子を見るのです」


 ギルバートの言葉に父は、少し考えてなるほど、と頷いた。出方次第ではアルバと戦争になるだろう。


 しかし、このままではどのみち戦争は避けられない。一国の姫とは言え、協定を破って戦争を仕掛けてきたのだから。それに、ギルバートとしてはどうやってグラウカの牢に居るシャーロットの入れ替えを行うつもりだったのかが気になる。


 ここに来てこのアルバからの手紙。そして、アルバの事は信用するなと言ったシャーリーの言葉。どちらが信じられるかは明白だ。

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