第33話 秘密を打ち明ける王子

『秘密がバレた時は結果から逃げるか受け入れるしかないの。ガンバレ、ファイト!』

「その通りだ。【それ以外にないもんな】」


 はぁ、と大きなため息を落としたギルバートは詩集を閉じて引き出しに仕舞うと、呼びに来たサイラスに返事をして湯あみをした。冷たい水を浴びれば多少は思考もまとまるかと思ったが、何やら余計にドキドキしてきてしまう。


 湯あみを終えたギルバートに、ガルドから報告が入った。それぞれの牢に囚人を入れた、と。


「そうか。【……なぁガルド! どうすればいいんだろう⁉】」


 何て素直に聞ければどれほど楽だろうか。


 ギルバートは嫌な事は先に済ませてしまいたいタイプだ。嫌な話と良い話があれば、先に嫌な話を聞いてしまいたい。


 物語を読むときも、必ずハッピーエンドかどうかを確認する。もしもハッピーエンドな話でなければ、一週間は寝込んでしまうからだ。


 つまり、ギルバートは真っ先にロタの元へと向かった。こうなったら腹をくくるしかない。ガルドはそんなギルバートの行動に首を傾げていたが、ギルバートがあまりにも怖い顔をしているので、何も言えなかったようだ。


 ギルバートは人払いをしてロタが入れられた牢の前に立ち、あちらを向いて椅子に座ったままのロタを見下ろして言った。


「ロタ、こんな所に入れてしまってすまない」


 その言葉にロタの肩がピクリと震えた。声で分かるだろうと思ったが、どうやら当たりだったようだ。ロタはクルリと振り返ったのだが、ギルバートはロタを見て顔を歪ませる。


「……だ、誰だ?」


 これは……ロタ? いや、違う。髪の色はロタだ。しかし良く見ると長さが少し違うし癖も少ない。何よりも、顔が全然違う!


「もしかして……ギル様……ですか?」

「あ、ああ。いや、うん?」


 完全に混乱しているギルバートを見て、ロタは悲し気に視線を伏せた。そんなロタみたいな事をしてもこれはロタではない。つまり、誰だ⁉


 もしかして捕まえたのはシャーロットではないのか? 同じ名前の別の人? 


 いや、でもそんな都合のいい話があるか? 混乱しているギルバートに、ロタはこちらに駆けよって来て言った。


「ギル様、どうか、どうかお嬢様をお助けください! あの方は悪役令嬢なんかではないのです!」

「……どういう事だ? やはりあの女はシャーロットなのか?」

「はい。アルバの末の姫、シャーロット・アルバ様です。そして、私がシャーロット様のメイドで替え玉の、本物のロタです」

「……」


 なるほど? という事は何か? 僕がずっとロタだと思っていたのは――。


「ギル様が毎週お会いしていたのは、シャーロット姫ご本人です」

「!」


 何だと⁉ 嘘だろ⁉ あの天使が悪役令嬢? ありえない! 何なら悪役令嬢から一番程遠いではないか! ギルバートの混乱した顔が全てを物語っていたのだろう。ロタは静かに話し出した。


「お嬢様は、グラウカでどんな噂をされていますか? 身内を毒殺しようとしたり、国民に薬草と偽って毒を配ったり、怪我人だと分かっていながら川へ突き落したり、宮殿に火をつけたり。そんな風に言われていますよね?」

「ああ、概ねそうだな。後は人をたぶらかすのが得意だ、とかな。【だから怖いと思い込んでいたが、もしかして実際はそうではないのか?】」


 首を傾げたギルに、ロタは頷く。


「お嬢様は何と言うか、メイドの私が言うのもなんですが、とても間の悪い方と言いますか、鈍くさいと言いますか、とにかくドジな方なんです」

「……へぇ……【ここまでメイドに言われるのも中々だな】」


 しかしふと思い出す。確かにロタから聞いた話では、いや、ロタではなくシャーロットから聞いた話では、シャーロットは痛んだ薬草を配ったり、石に躓いて川に怪我人を誤って落としてしまったり、メイドが寒がっていると言って油分の多い薪を入れてボヤを起こしてしまったと言っていた。もしかして――。


「そういう事か。【なるほど。シャーロットは本気でただのおっちょこちょいさんなんだな。そして、その噂だけが先行してしまったと、そういう事か!】最悪だな」

「やっぱり……信じてもらえませんか……」


 ロタは険しいギルバートの顔を見てブルブル震えだした。ギルバートはそんなロタを安心させるように出来るだけ怖くないように言う。


「いや、シャーロットがおっちょこちょいだと言う事は僕も以前から聞いている。噂だけが先行したという事なんだな?」

「! はい! そうなんです! お嬢様はこの戦争に駆り出されただけ! 全ての罪をなすりつけられただけなんです!」

「誰に?」

「それは……」


 言葉を詰まらせたロタを見て、ギルバートは小さく咳払いをする。


「挨拶が遅れたな。僕はグラウカの第一王子、ギルバート・グラウカ。訳あって身代わりのギルを名乗りシャーロット姫に会っていた。そしてお前たちは今、捕虜としてここに居る。よって、お前は知っている事を全て話す義務がある。黒幕は誰だ? 僕もシャーロットを助けたい」

「え……ほ、本物の……ギルバート……王子? あ、あの冷徹な銀狼……?」


 ギルバートの自己紹介を聞いた途端、ロタが分かりやすくガタガタと震えだした。酷くないか? その反応は。


「ああ。どんな噂が流れているのか知らないが、僕の場合の噂の大半は口下手が招いた結果だ」

「そ、そうなんですか?」

「ああ。恐らく」


 薄々感づいてはいたが、どうも本来のギルバートと噂になっているギルバートは同一人物とは思えないほどかけ離れているのだ。その原因はひとえにギルバートが口下手すぎる故である。


 中には後から聞いて、そんな指示を出した覚えはないのだが⁉ と焦ることもあるほどだ。


「では、お嬢様と同じタイプ……という事なんでしょうか……」


 口元に手を当てて考え込んだロタに、ギルバートは自信満々に頷く。そういう事にしておこうと思う。ギルバートはシャーロット程ドジではないが。

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