第32話 憤慨する王子
「いいからこのままついてこい! 振り返るな! お前達もだ!」
何が起こっているのか分からないとでも言いたげな下に居た仲間たちも引き連れて、ギルバートはそのまま森に駆け込んだ。
その時、後ろの崖から地響きのような音がして次の瞬間、物凄い音と共に崖が上方にあった木も全て巻き込みなだれ落ちて来たではないか。
「……【あ、危なかった……】」
唖然として崩れ落ちて来た崖を敵も味方もなくただ見つめているが、そうだ! 戦争中だ!
ギルバートは抱えていた兵士を放り出すと、土砂崩れの届かなかった場所までさっさと避難して、今しがた起こった事を呆然として見ていた敵将を後ろから思い切り殴りつけた。
敵将は完全に気を抜いていたのだろう。なすすべもなくその場にパタリと倒れてしまう。
次いで、女の方を振り返り剣を突きつけ、言った。
「お前はここで拘束する。いいな?」
「……ええ」
女は短く返事をして立ち上がる。身長はちょうど、ロタぐらいだ。
「メイドを一人だけ連れて行ってもいいかしら?」
「……ああ。おかしな事をしないのなら」
「しないわ。どうせもう戻れないのだから」
それだけ言って女は振り返り、天幕に隠れていた女の名を呼んだ。『ロタ』と。
◇◇◇
ガルドは注意深く辺りを見回して細かく指示を送った。上手く敵の背後に味方の配置を終えて、一斉に敵を真ん中に追い詰めてくる。
慌てたのは敵兵だ。正面に居る人数しか居ないと思っていたので、まさか後ろから回り込まれているなんて思ってもいなかったのだろう。作戦が完全に崩れてしまい、右往左往している。
「王子の機転が生きたな」
単身で敵を切りつけていくギルバートを見つめつつ、ガルドはふと視線を崖上に移してギョっとした。
何故か指示を出していないのに騎馬隊が一斉に下りてきてしまったのだ。一体何をしているんだ! そう思った矢先、騎馬隊の先頭を走っていた兵士が敵には目もくれず、森まで走れ! と叫んだのが聞こえた。
横をすり抜けるとき、ふと違和感を感じる。この声、まさか?
「お前達も早くしろ! 振り返るな、森まで走れ!」
言われてガルドは考える間もなくその言葉に従った。ガルドが従った事で、味方の兵士達も異変に気付いたのだろう。
慌てて敵との闘いを一時中止して森に駆けこんでいく。この行動が、どうやら敵には逃げたと認識されたようで、広場には歓喜の雄叫びがあちこちから上がり始めた。
しかし。
突然、どこからともなく聞こえてきた不穏な音にガルドが顔を上げると、崖の上部から細かい砂や石が転がり落ちてくる。
と、次の瞬間、崖の一部が音を立てて崩れ始め、物凄い速さで木を巻き込んで今まで戦っていた広場に土砂や岩と共になだれ込んできたではないか!
「こ、これは……」
思わずガルドが騎馬隊の先頭を走っていた男を見た。男は兜をしているが、あの堂々とした雰囲気には見覚えがある。あれは、間違いなくギルバートだ。
ギルバートは土砂崩れを起こしたと同時に走り出した。もちろん、逃げ惑う敵たちを避けながら、敵将の元へ。相手は混乱しているので、誰もギルバートには気付かなかった。
「あ!」
と思った瞬間には、ギルバートは敵将を後ろから剣で殴りつけて、隣の女騎士を拘束していたのだ。
本当に一瞬の判断だった。戦争は終わったのだ。敵将が倒れ、女騎士が拘束された事で戦争の終了を告げる鐘が鳴る。
「撤収するぞ」
ガルドが声をかけると、あちこちから喜びの声が聞こえてきた。あまりにも呆気ない幕引きに、ガルドもまだ狐につままれたような気持ちで一杯だ。
ガルドは女騎士と敵将を捕らえる為の後処理に向かう途中、ギルバートの甲冑を付けた兵士に近寄り言った。
「ギルか?」
「あったり~。本物はあっち。はぁ~つっかれた。さて、お片付けしますか」
そう言ってギルは辺りを見渡したが、全て土砂に埋もれてしまっている。
「お前はここを頼む。俺はあっちを処理してくる」
「はいよ」
ギルと別れたガルドはギルバートの元へ向かった。
「お手伝いいたします」
「ああ、頼む」
ギルバートは短く言って、さっさとその場を立ち去った。
◇◇◇
ロタだと⁉ あの女、ロタをこんな戦場に連れてきていたのか⁉
ギルバートがずっと女騎士だと思っていた女は悪役令嬢シャーロットで間違いない。
では、あの兵士が言っていた事は本当だったのか? やはり黒幕はシャーロットなのか⁉
これは城に戻ったらじっくり尋問しなければならない。ギルバートは自分の馬に乗り込むと、ギルを呼びつけた。
「ギル、甲冑ナンバー2番の男を拘束しておけ。あれは恐らく間者だ」
「マジで? 分かった。じゃ、皆連れて先に戻ってて。王子もお疲れさん。パレード楽しんでよ」
「いや、パレードはお前に任せる」
「えぇ? 面倒だなぁ」
「頼んだぞ。【そしてお前は本当に僕に気安いな!】」
「はいはい」
あまりにもギルバートに気安いギルに内心複雑な思いだが、何せほぼ生まれた時から一緒に居るギルだ。もう今更仕方ない。きっと一生こんな感じなのだろう。
ギルバートは仲間たちを置いて一人で城に戻ると、すぐさま牢の準備をさせ、父に報告に行った。
「ギル! 一体何事だい? 凱旋パレードをギルに任せたって?」
「ええ。シャーロットを戦場で捕らえました。すぐに尋問に入ります」
「えぇ⁉」
一体何が起こっているのか状況を飲み込めない父を置いて、ギルバートはすぐさま自室に戻る。
「王子、お帰りなさいませ。すぐに湯あみをなさいますか?」
「ああ、【とにかく甲冑は臭いからな! ロタがもうすぐやってくるというのに、こんな格好では会えまい】」
それに、ギルバートには一つ心配事がある。それは、まさかのタイミングでギルはギルバートだったと種明かしをしなければならない事だ。こんな事なら嘘など吐かなければ良かった。
けれど、まさかこんな事になるなど思ってもみなかったのだ! まさかのシャーロットが今回の戦争の手引きをしているなどと、あの時点で気付くはずもない!
【神はまたこうやって僕に試練を与えてくるのだな……】
嘘を吐いていた事がバレたら、ロタに嫌われるだろうか……。嫌われるな、うん。
「はぁ……【こんな時、キャンディハートさんは何て言うんだろう】」
湯あみの準備をしに行っているサイラスを待つ間、ギルバートはキャンディハートさんのポエムを開いた。
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