第17話 占いの秘密─二

 肉の焼ける音を聞くと、真っ白なご飯が食べたくなる。追加で注文して、さらにソフトクリームのボタンを押した。

「ストックスピール……コールドリーディング……ホットリーディング……」

「少し話しただけで信頼を勝ち取れる人がいるでしょう? このような専門用語を知らなくても、信頼を得られやすい方は生まれたときからの環境下で自然とできている方が多いのです。話が聞き上手、ともいいますね」

「なるほど……」

「話を聞くだけではなく、相づちの仕方も上手いのです。仕事が大変だった、と愚痴をこぼす方に対して、あなたは頑張り屋さんだから無理しすぎる、と。頑張り屋さんなのは、たいていの日本人に当てはまります。言われた側は、この人は私のことを分かってくれる、と思い込みます」

「占い師本人の前で言っちゃいけないかもですが、詐欺師も応用できそうですね」

「あなたはとても正直者ですね。その通り。占い師に詐欺師が多い理由も、まさに相手の心理を利用するのが上手いのです。ただ、素人目でもプロの目からも線引きが難しい。大ざっぱで簡単な見分け方としては、高い壷を売りつけるか否か、で簡単に見分けができると思います。日本の詐欺師は、壷を売ると学びました」

 壷に限らずだが、本か何かの偏った知識だろう。

「投げやりですが、あとは人によっての見え方です。占いそのものが詐欺だという疑う目をお持ちならば、この世に存在する占い師すべてが詐欺師になります」

「さっきアーサーさんが言ってましたが、線引きが難しいのってこういうことなんですね。人の心に委ねられる、といいますか」

「はい」

「アーサーさんは占星術とタロットカードを用いて占いますが、これは独学で学んだんですか?」

「独学……そうですね。基礎を教えてくれたのは私の祖母ですが、祖母もひいおばあさまから受け継いだものです。それに手相や姓名判断も自己流で加えたものが、私の占星術です」

 アーサーさんの家族の話を聞くのは二度目だ。一度目は兄弟の話で、これはタブーだと知る。何せ兄弟はいるのか、と聞いたら、目から感情を失っていた。全力で聞くな、と訴えていた。

「じゃあ、お母さんも?」

 兄弟の話をしたときとは違う、どこか哀愁と怯えを漂わせた目をした。違う意味で、話してはいけないと悟った。いや、兄弟以上に触れてはいけない、まさにトラウマのような。

「えーと……もっとお肉を焼きましょうか」

 アーサーさんは笑う。ごまかしてくれてありがとう、の顔だ。見透かされている。

「いずれ、あなたにも知ってほしいと思うのは私の傲慢です。日本へは初めてきたのに、初めて会った気がしない。一年という長い付き合いで、錯覚を起こしているのかもしれませんね。日本へ来てここまで長い付き合いなのは、彼方さんだけですから」

 暑さでグラスの氷が崩れ、小気味よい音を奏でる。

 彼と出会い、一年が経った。短いくらいだった。

 大学生活はあと三年。三年しかない。この間、僕は何かを変えられるだろうか。アーサーさんは、どうやって夢を見つけたのだろう。

「アーサーさんは、いつから占い師を目指したんですか?」

「逃れられない運命でもありましたが、単純に未来を視るのが楽しかった。言葉もおぼつかない頃から、タロットカードに触れていました。星の導くままに……とでも話しておきましょうか。彼方さんは将来何がしたいのですか?」

「まだ悩んでいます。あと三年しかないとなると、焦って足下も先も真っ暗になるんです」

「あなたには時間はたっぷりあります。焦る必要もないですし、立ち止まってもいい。今の生活を見つめ返すと、見えないものが見える場合もあります。一年前、彼方さんを占ったときには将来を決める出会いや別れが待ち受けている、とも出ていました」

「別れ?」

「別れと聞くと、ネガティヴな意味にとらえるかもしれません。ですが、何かと決別するのも大切な財産になります」

 デザートも食べ、そろそろ出ようかという話になった。

 アーサーさんは、食後のデザートは欠かさない。日本のスイーツは世界一、と言っていたが、海外の方が美味しいものがありそうなイメージなのに。

「いつかイギリスにも行ってみたいです」

「そういえば、前に海外旅行したことがあると話していましたが、どこなのか思い出せたのですか?」

「接した人種や食べたものを考えると、ヨーロッパで間違いないと思うんです。アジア人はほとんどいなかったし。チョコレートがコーティングされたスイーツを食べた気がするんですが……一口じゃ食べきれないくらい大きくて、泣いた記憶があります。そこで……」

 失いかけていた記憶が少しずつ鮮明になっていく。

 あのとき、僕は母じゃない誰かと一緒にいた。

 ブロンドの美しい輝きを持つ髪を太陽のように輝かせて、半分に割ってくれた。

「彼方さん、危ない」

「え」

 背後からの衝撃によろめき、とっさに庇ってくれたアーサーさんの胸の中に収まった。

 おかげで倒れはしなかったが、煙草の香りに眉をひそめた。

「大丈夫ですか?」

「ありがとうございます。煙草の臭いはどうも苦手で」

 肩越しに見ると、中肉中背の帽子を被った男性と目が合った。

 数秒間、見つめ合い、男性は急ぎ足で去っていく。

 背中に嫌な汗が吹き出す。

 手が痺れ、感覚がはっきりしない。

「彼方さん?」

「いえ……なんでも。知り合いに似ていたので。そういえば、二度目に会ったときもこうして助けてくれましたね」

「助けられたのは私ですよ」

 彼から離れる。まだ煙草の香りがしている気がする。独特の、顔をしかめるような臭い草の香り。彼は煙草を一切吸わないのので、間違いなくぶつかった男性の残り香だ。

「……父に似ていたんです」

「お父上に?」

「……つまらない話ですが、僕が子供の頃に親が離婚しているので。正面から話した記憶がほとんどなくて、大きな後ろ姿しか分からないんです。さあ、帰りましょうか」

「ええ」

 つまらない話だ。今さら父親なんて。二度と会うこともないのに。

 もっとアーサーさんの話を聞きたかったが、父がどうしてもちらついてしまい、言葉少なめに僕らは別れた。


 ストックスピールやらコールドリーディングやらを聞いた後だと、アーサーさんの細かな気配りを散りばめたトーク術が、あらためて目まぐるしい努力の結晶だと脱帽しかない。

 計算とも取れるだろうが、努力と人柄なしではトーク術に優しさを込められない。女性が惚れて連絡先を渡すのも頷ける。

 今日来た女性は、付き合っている男性にプロポーズをされた。けれど相手の男性は農家の長男であり、医者の夢を諦めてついていくかどうかという悩みだ。

 アーサーさんの出した答えは、仕事と生活は切り離せないもの。男性との結婚というより、まずは仕事を天秤にかけるべき。

 女性の出した結論は、医者は諦めきれない。たたみかけて、アーサーさんは男性との相性を占った。五年後に別の男性と出会いがある、と。あくまで今の男性と別れろとは言わず、遠回しに夢ある未来を告げる。

 女性の決断は分からないが、抱えていたものを剥がれ落とした、すっきりした顔立ちになっていた。より良い方向へ向かってほしい。

 女性とすれ違いに、男性がふたり入店してきた。高身長の男性と、僕とそれほど変わらないひょろっとした体型のふたり。目力のせいで、柔らかい雰囲気とはほど遠かった。

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