第5話

 いつまでも消えていなくなった姉と豊前坊のいた木の上を見上げ泣いている妹に、酒呑が近寄るとまた襟首を掴み持ち上げた。


「いつまで泣いとんねんな、おらんようになったもんはしゃあないやろ?」


「お姉ちゃぁん……」


 酒呑は持ち上げられてもめそめそと泣いている妹を呆れた顔で見ていたが、何かを思いついたように持ち上げたまま歩き始める。しばらく歩いていると、深い青色をした淵に辿り着いた。何を思ったのか酒呑が子猫のように持ち上げていた妹を淵の中へとぽうんと放り投げ入れた。


「……あばばばば!!た、助けてください!!あ、あたし……泳げ……な……い……ごぼぼぼぼ」


 淵の表面に顔を出し、叫びながら手足をばたつかせていた妹がぶくぶくと沈んでいく。そして顔を出す。何度も何度も繰り返す妹。それを見ている酒呑がけらけらと大口を開けて笑っている。


「ちょっ……た、助けてぇ……」


「生きたかったら、何としてでも泳がんかい。それともなんや?姉にもう一度会う前に、溺れ死ぬんかいな?それもまた人生や」


 酒呑は笑いながらそう言うと、どこから取り出したのか、瓢箪の蓋を開けぐびりと何かを呑みだした。瓢箪から口を離し、ぷはぁっと息を吐くと無造作に口を拭った。そして、助けを求める妹をじっと眺めている。


「そういや、主の名前は何じゃ?聞いとらんやったのぉ?」


「……ごぼごぼぼ……な、なんで……なんで今それを……ごぼごぼぼ……」


「名前知らんと不便やないかい。主を強うしてやる言うたんはわしや。豊前坊にも啖呵切ってしもうたしなぁ」


「……ごぼごぼぼ……あた、あたし……鬼丸……」


「……阿呆、姓は知っとるっちゅうねん。主の父とやりおうた仲や。聞いとるんは、名前や」


「……あばばばば……だ、だから……言う……途中だった……ごぼごぼぼ」


「早う言わんかい、日が暮れるやろが」


「……ち……」


「ち?」


「……ち、千影……で……す……ごぼぼ」


 自分の名前を言うと、ゆっくりと沈んでいく千影。しばらく経っても浮かんで来ないことに少し心配になってきた酒呑が淵の中を覗き込んだ。

 ざばぁっと大きな水飛沫を上げ、淵の中から両手が飛び出し酒呑はその手から頭を掴まれてしまう。そして、そのまま酒呑を淵の中へと引き摺りこんでしまった。


「何しとんねん、この阿呆娘!!わしまで淵にぶち込みよってから!!」


 酒呑を引き摺りこんだのは千影であった。溺れるもの藁をも掴む……いや酒呑を掴んだ千影は離されてたまるかと、必死にしがみついている。引き剥がす事を諦めた酒呑は、千影にしがみつかれたまま岸へと上がった。

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