世話焼き少年と科学者♀のおねショタ日記~~人食い怪獣を添えて~~
武州人也
第1話 堕落女と世話焼き少年
中天に昇った灼熱の太陽は、大地を焼き焦がさんばかりにぎらぎらと照っていた。残暑はまだまだ酷烈で、夕刻であっても外を歩くと汗が流れる。
駅を降りてしばらく歩くと、草いきれの臭いが鼻にまとわりついてくる。いつの間にか道の左右は荒涼とした空き地が広がっていて、ただ夏草ばかりがぼうぼうと節操なしに茂っている。人の姿はほとんど見られない。なかなかに顔立ちの整ったこの少年は、長いまつ毛を風に震わせながら、ひたすら真っすぐ道を歩いていた。
この蔓の長いのはクズで、秋の七草のひとつだ。背の高いやつはヒメムカシヨモギで、明治時代に鉄道とともに広がったから「鉄道草」なんて呼ばれている。硬そうなトゲでびっしり覆われた恐ろしげな草はアメリカオニアザミといって、本当はヨーロッパ原産だから「セイヨウオニアザミ」と呼ばれることもある……と、以前植物について従姉に教えてもらったことを頭に思い浮かべながら、
やがて、少年は白い壁に覆われた、大きな建物の前にたどり着いた。建物を取り巻く庭のあちこちで、背の高い雑草が我が物顔で茎や枝葉を伸ばしている。雑草むしりもしてあげた方がいいかな……でも大変そうだな……この庭の広さじゃ日が暮れちゃいそうだ……などということを考えながら、忍はスチール製のドアの前に立ってインターホンを押した。
「ああ、キミか。入ってきたまえ」
インターホン越しに、やや低めの女性の声が聞こえる。忍は言われた通りドアを開けて中に入り、そのまま奥にある広い水槽部屋へと入っていった。
水槽部屋には、稚魚飼育用の小型水槽から、幅が三メートルもある大型水槽まで、大小さまざまな水槽がいくつも置かれている。その様子はさながらちょっとした水族館のようだ。忍はこの空間が何よりも好きであった。
その水槽部屋の奥に、モニターやら試験管やらの置かれた白い机がある。そこに、この建物の主は鎮座していた。机の上にも足元にも、プルタブの空いたエナジードリンクの缶がいくつも転がっている。
「お邪魔します。
「ああ、今日も頼んだよ」
どこか気だるげな目つきをした白衣姿の若い女が、オフィスチェアに座ったまま忍を出迎えた。ほっそりとした体つきの美人であるのだが、セミロングの髪はところどころ跳ねていて、白衣もしわだらけだ。オフィスチェアの背もたれがたわむほど深くもたれかかっている様は、まるで魂が体から抜け出ているようである。
「あ、これ僕が作ってきました」
「いつもありがとう」
「ここに置いておきますね。あとこれ、洗っておきますよ」
「悪いね。本当に助かるよ」
持ってきた手作りのお弁当を机に置いた忍は、机の上に乱雑に置かれたプラスチック製のトレーと、エナジードリンクの空き缶を持って台所へと向かった。恐らくトレーは宅食サービスで運ばれてくる弁当であろう。どうやら朝食後に椅子から立ち上がってトレーを洗うことさえ、今の彼女には億劫なことらしい。
とはいえ、結菜の脚を見ていると、それも仕方がないことだ、と忍は思う。彼女は何らかの事情で左脚に障害を抱えているらしく、歩くのには不自由する身なのだから。
水洗いしたトレーをゴミ袋に放り込んだ忍は、白い机の上に置いてあるモニターを確認した。そこには忍が今日やるべきことが全て表示されている。忍は早速、作業に取り掛かった。
今日の作業は、水槽の水換えであった。ホースで水を吸い出して捨て、その後でカルキ抜きをした新しい水を注いでいく。水だけでなく水槽内の汚れをこし取るフィルターの様子も確認し、汚れているろ過材があれば取り出して、抜いた飼育水の中で洗っておいた。最初の頃はホースの口を床に向けてしまい、吸い出した水を床一面にぶちまけてしまう失態を犯したものだが、今ではもう慣れたものだ。
作業がてら、ついでに魚の様子も見ておく。元気がなかったり、病気や怪我をしていたり、あるいは喧嘩していたりといったことがないか、つぶさに観察してみる。
「凄い発色ですね、このレインボーシャーク。本当に虹色してますよ」
「ああ、新しい餌を試してみたんだ……ん? 虹色?」
レインボーシャークとはサメのことではなく、小型のコイの仲間であり、その名は三角形の目立つ背ビレに由来している。オレンジ色をしたヒレが美しく、また成魚の全長も十センチメートルを少し超える程度で飼育しやすい。その一方で気が荒く、特に同種間では争いを始めてしまうという特徴も備えている。
レインボーシャークはその名に反して虹色の光沢などは現れないが、今、忍の目の前で泳いでいるレインボーシャークは、眩いばかりの虹色に光輝いていた。それこそ、まるで電灯の光を放っているかのように……
「……まずい、今すぐ蓋を閉めろ!」
「……え?」
切迫した声色で、結菜が叫んだ。驚いた忍は、戸惑いながら水槽にガラス製の蓋を被せた。
――次の瞬間、ぽん、という乾いた音とともに、レインボーシャークの体が膨れ上がって破裂した。飛び散った赤い肉片が、水槽のガラス面や蓋にべっとりと付着している。
「あの薬……やっぱりこうなるか……」
びっくりして腰を抜かした忍には、結菜の独り言など聞こえていなかった。
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