兄を好きなツンデレ先輩に一目惚れしたので、妹ポジを利用し落とす話

はんぺんた

兄を好きなツンデレ先輩に一目惚れしたので、妹ポジを利用し落とす話

 

 一目惚れなんて、あるはずないと思っていた。

 あの人を見るまでは。



「あず〜! まだ昼休みじゃないよ。お弁当持ってどこ行くの? ボケた? それとも早弁?」


 結衣がニャハハと笑いながらガシッと肩を組んできた。相変わらず暑苦しいスキンシップだ。


「お兄ちゃんのとこ。今日お弁当持って行くの忘れて出たから届けに」

「あー、にゃるほど。いってらっしゃい〜」


 ヒラヒラと私に手を振ると、今度は前に座る美咲の頭をヘッドロックしている。


「うわっ! 結衣やめてっ! ギブ、ギブ!」


 今日も正常運転の友人たちにため息を送りながら教室を出る。

 ニ歳上の兄の教室がある階に来るとやはり少し緊張する。

 三年生の教室が並ぶ廊下を歩くと、さっきのおバカな友人たちみたいな騒ぎ声なんか聞こえず、なんていうか大人っぽい雰囲気が感じられる。

 三年生の教室は入りづらく、早くお弁当を渡して戻りたいと、そわそわしてしまう。

 そんなことを考えながら目的の教室を覗くと、兄の前にスラリと背の高い女生徒が仁王立ちして何やら話をしていた。

 後ろ姿しか見えないが、あんなに「ザ・仁王立ち」といった、腰に手を当てながらしゃべる人を初めて見たので少し感動する。

 怒っているのか、あまり穏やかじゃない雰囲気の声が聞こえてきた。うちの兄は一体なにをやらかしたのか。

 おそるおそる近づくと二人の会話が耳に入る。


「あ、あんたなんかに教えたくないけど、どうしてもって言うなら勉強教えてあげてもいいわよっ!」


 ……ん?

 これは……いわゆるツンデレ? ってやつだろうか。なんか漫画とかでこういうの見たことある。


「いや、別に教えてもらわんでいいよ」


 兄は反応が薄く、ツンデレ具合に気づいていないのか、いつもの眠そうな顔でボソッと答える。


「なっ……! なによ、ひ、人がせっかくっ……」


 兄にバッサリ断られて、その人の足はわなわなと震えている。

 思わず笑いそうになるのを堪えていると、私がいることに気付いたお兄ちゃんが「おう」と手を上げた。

 それに反応して、仁王立ちのその人がこちらを振り向いた。

 その瞬間、世界が急に変わったと思った。

 キラキラと星が輝くようで、色彩が鮮やかになって。その人のセミロングのつややかな黒髪からは星がこぼれ落ち、大きくて少しつり上がった瞳は、覗き込むと目が離せないほど澄んだ夜空のよう。紅潮した頬は、可憐に整ったその顔にいっそうと美しさと愛らしさを与える。

 その人と目が合うと身体中に電撃が走ったのかと思うくらい、ビリビリとした衝撃を受けた。

 心臓もそのショックでドクンドクンとやたらと大きく脈打ちはじめた。


 なに、これ……!


 初めての感覚にショックを受けて動けない。頭も動転し、その場に立ち尽くすことしかできない。


「……ず! あず! おい、どうした? 聞こえてるか?」


 お兄ちゃんに肩をつかまれ、ようやく意識がはっきりしてきた。


「……っ、ごめん! なんか急に動悸が……。なんだろ? でも、もう大丈夫、と思う」


 隣に立つ綺麗な人を見たことが原因だろうか。なるべく彼女を見ないようにして兄との会話に集中する。


「なんだろって、こっちが聞きたいわ。……まあ、大丈夫ならいいけど。具合悪かったら無理すんなよ」


 ポン、と頭を軽くなでられる。成長するにつれて、普段はそんなに会話もしなくなったが、昔からこういうときはなんだか優しい。


「で? いきなり教室まで来て、なんかあった?」

「あー、そうそう。はいこれ、お弁当」

「ああ、そういえば……。悪いな、サンキュ」


 お弁当を持って出るのを忘れたことに気付いたのか、お兄ちゃんはポリポリと頭を掻きながら受取る。


「……っ、あ、あ、あのっっ!」


 そんなやり取りをジ〜ッと見ていた例の綺麗な人が急に大きな声で会話に入ってきた。


「も、も、もしかしてだけど、えっと、その、ひ、日野君のかっ……、か、か、かっ、彼女さんですか?」


 顔を紅くして、怒ったように、でも少しつついたら涙を零しそうな瞳で私を睨みつけながら話しかけてきた。


「あー。……いえ、違いますよ。私、妹です。日野 梓って言います」


 そう言うと、その人は心底ホッとした表情を浮かべて目元を軽く拭った。


「……あっ、そ、そうなんだ。あはっ、そ〜よねっ! 日野君なんかに彼女なんてできるはずないもんね!」

「なんかって、なんだよ」


 ニコニコとした笑顔を向けられるとまたさっきの動悸がぶりかえしてきた。


「梓ちゃん、よろしく。私は月下静流。お兄さんの世話焼き係ね」

「頼んでねーし」


 月下先輩は「なによっ!」とお兄ちゃんとギャアギャアと楽しそうに話しだす。

 あぁ、この人はお兄ちゃんのことが好きなんだ、ということがひしひしと伝わってくる。

 それを考えたら、なぜだかチクチクと胸が痛んで苦しい。

 ほんの少ししかこの人の事を見ていないのに、それだけは十分過ぎるくらい伝わってきた。それなのに、兄は全然気づいてない様子だ。

 お兄ちゃんはわかりやすい、と思う。普段はボ〜っとしてて表情もあまり豊富じゃないけど、大好きな人に対してはまったく違った表情を見せるのだ。

 以前も、隣に住んでいた幼馴染のお姉ちゃんに対しては、とびきりの笑顔を見せていたものだ。

 誰が見ても、そのお姉ちゃんが好きだと丸わかりだった。だからお姉ちゃんが大学に行くために上京してからは、私も気を遣うくらい、しばらく元気がなかった。

 そんなわかりやすいお兄ちゃんなので、こんな綺麗な人に好かれてるなんて気付いていたら、もっと嬉しそうにするはず。

 ってことは、私にもまだチャンスはあるのか……と、心の中で希望が生まれたのを感じた。


 ……ん?


 チャンスって、私は一体何を考えてる?


 月下先輩は女の子なのに?


 ぐるぐると頭の中で考えていると、先輩が私に向き直り優しく微笑んだ。


「ね、梓ちゃんからもお兄さんに言ってあげてよ。追試になりたくなかったら、素直に勉強教えてもらいなさいって」

「だーかーらー、俺は浩太に教えてもらうからいいよ。しつこい」

「なっ、しつこいってなによっ……!」

「あ、あの! だったら、私に勉強、教えてくださいっ!」


 お兄ちゃんにハッキリ断られて、ショックを受けたような月下先輩の顔を見たら、私は思わず言ってしまった。


「えっ?」

「……あ、その、私も次の試験、ちょっと自信なくて。いや、でも、迷惑ですよね、ハハ、すみません! あの、それじゃ私はこれで失礼しますっ!」


 早口でそう告げて頭を軽く下げると、くるりと向きを変えてこの場から立ち去ろうとした。

 パッと腕を掴まれ、心臓がドクンと鳴った。


「迷惑じゃないよ。勉強、一緒にしよ?」

「……っ! は、はい! ありがとうございます!」


 優しくニコっと笑う先輩に私は、顔が真っ赤になってないか心配になるほどドキドキと胸が高鳴り苦しくなった。



 放課後、正門の前で先輩を待つ。

 先輩に一緒に勉強しようと言われてから、頭がフワフワして授業はすべてうわの空だった。

 結衣や美咲たちにも心配されるくらい。正直、今まで恋だと思っていたものは、ただの幼い感情でしかないのだとわかった。

 今のこの、自分では制御できない気持ちこそが、本当の恋なのだと理解した。

 ……でも、女の子同士なんだよなぁ、と考えるとフワフワした気持ちが一気に重く沈みだす。

 しかも、先輩はお兄ちゃんが好きで。私はスタートラインにすら立てない。

 それでも、この気持ちは諦めきれそうにない。そう、同性だからって、このままお兄ちゃんや他の誰かが先輩の隣に並ぶのを見たくない。

 私が先輩と、付き合いたい。

 誰にも渡したくない。

 絶対に先輩を落とす!

 そうと決めたからには、即実行。先輩を落とすためのプランを頭の中で練り始めた。




「こわい顔してどうしたの? 待たせすぎちゃった?」


 ハッと顔をあげると、月下先輩が困ったような顔をして目の前に立っていた。


「いやっ、その、全然待ってません! すみません、ちょっと考えごとしてて……」

「そう? それなら良かった。さて、それじゃ、どこで勉強しようか? 図書室はやっぱり混んでたし、図書館かな?」


 うーん、と勉強場所を考えて悩む先輩に、私は思い切って伝える。


「あの、良かったら、私の家なんてどうですか?」

「えっ? ……お家?」


 びっくりしたようにこちらを見つめて固まる先輩。やはり性急すぎただろうか。


「あー。ほとんど初対面なのに家なんて嫌ですよね、すみません。やっぱり図書館に……」

「ううん、嫌じゃないよ。梓ちゃんとは会ったばかりだけど、その、お、お兄さんとはずっとクラスが一緒で長い付きあいだし……。良ければお邪魔させて?」


 お兄ちゃんグッジョブ! と、心の中でガッツポーズをとる。この時ばかりは兄に感謝だ。



「ただいま〜」

「お、お、お邪魔しますっ」


 先輩は家に入るなり、緊張しているのか動きがギクシャクしだした。


「あ、先輩、両親は夜まで帰ってきませんから、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」


「そ、そうなんだ」


 私がそう言うと少しホッとしたのか、ようやく動きがスムーズになった。……先輩かわいい。

 安心した先輩はキョロキョロと興味深そうに家の中を見渡す。


「……これが日野君のお家なんだ」と、瞳をきらめかせ小さく呟いた。途端に私の心は曇りだす。


「私の部屋、ここです。ちなみにお兄ちゃんの部屋はあっちですよ」


 子供部屋が並ぶ二階に上がると、先輩はお兄ちゃんの部屋が気になるのかチラチラとドアを見ていた。


「お兄ちゃんはまだ帰ってないみたいですね。いたらゲームの音がうるさいですから」

「そ、そうなの。別に全然、お兄さんの事なんて気にしてないから大丈夫っ」

「はい、それじゃどうぞ」


 先輩を部屋に招き入れる。自分の部屋に先輩がいる。なんて……、なんて嬉しいことだろう!

 そして、ここまでは即興で練った作戦通り。


「お邪魔します。わ、かわいい部屋ね」

「はは、そうですか? あの、これ座布団どうぞ」

「ありがとう」


 先輩はゆったりとした動作できちんと座る。

 なんていうか、普段遊びに来る友人たちとは比べものにならないくらい所作が上品で、ちょっとしたことで、いちいちドキドキしてしまう。


「先輩、飲みもの取ってきます」

「あ、うん。ありがとう」




 台所でジュースを注いでいると、制服のポケットにしまってあったスマホが着信をつげる。表示名を見て、思わず顔をしかめてしまう。


「はい、もしもし」

「もしもし、オレだけど。これから浩太の家で勉強して、夕飯もご馳走になるからさ。母さんには夕飯いらないって伝えといて」

「あー、そうなんだ。うん。わかった」

「月下に勉強教わってんの?」

「うん。これから私の部屋で教わるとこ」

「は? なに? 家に来てんの? マジかよ」

「いいじゃん、別に。家のほうが落ち着いて勉強できるの!」

「まぁ、お前がいいならいいけど……。じゃあな」


 お兄ちゃんの帰りも遅くなる。喜びを隠しきれずに顔がほころぶ。私は心の中でまたしても、お兄ちゃんにグッジョブ! を送った。

 夜まで先輩と二人きり。

 少しくらい強引にでも距離を縮めて、私のことを意識してもらいたい。

 そうしてスタートラインに立って、同じ舞台に立てば、私は絶対にお兄ちゃんには負けないのだ。




「先輩、お待たせしました。りんごジュースしかないんですけど、どうぞ」

「ありがとう。いただきます」


 さり気なく先輩の隣に座る。ふわりと先輩から甘い香りがした。

 匂いだけで、ドキドキさせる先輩ってなんなんだろう。


「月下先輩って、すごく良い匂いがしますね。香水とかつけてるんですか?」

「えっ、なにか匂う? 何もつけてないけど……。柔軟剤か、シャンプーの匂いとかかな?」


 先輩の制服と髪に交互に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。

 先輩の髪、いい匂い。きれい……と、うっとりしてしまう。

 色素の薄いフワフワの天然パーマの私は、こういう髪に昔から憧れていた。そのせいかクンクンと必要以上に嗅いでしまう。


「うん、そうですね。シャンプーの匂いだと思います」

「……あっ、そ、そう? でもあの、えっと、そんな風に匂いかがれるの恥ずかしいよ」

「あ、すみません」


 先輩はちょっと困った顔をしたが、それでも嫌がるそぶりは見せず、身を引いたりはしなかった。


「数学と英語が苦手って言ってたよね。今日はどっちを勉強する?」

「じゃあ、数学をお願いします」

「うん。じゃあ、わからない所があったら声をかけてね」

「はい」


 せっかく先輩が教えてくれる機会が手に入ったので、本当はそこまでわからないわけじゃないけど色々と質問をする。

 その度に丁寧に、わかりやすく説明してくれる優しい先輩。

 お兄ちゃんに対してはあんなにツンデレ感満載なのに。好きな人にしか、ああならないのだろうか?

 そう思うと、寂しくなった。私にももっとツンツンしてほしい。



「先輩、ちょっと休憩しません?」

「ん、そうだね」

 う〜ん、と伸びをする先輩。

 大きめな胸が更に強調されて、またドキドキしてしまう。


「梓ちゃん、すぐに理解してくれるから、教えるの楽だわ」

「そうですか?」

「うん。お兄さんとは大違いね」


 先輩は、クスッと兄を思い出しながら笑う。私といる時にお兄ちゃんのことなんか思い出さないでほしい。

 少しカチンときた私は、強引にでも先輩を振り向かせる作戦を実行することにした。


「あの、先輩って、付き合ってる方とかいます?」

「えっ! い、いないけど……。急にどうしたの」

「でも、先輩とっても綺麗だから、やっぱり今まで付き合った人はたくさんいますよね? ……私ですら一度だけありますし」


 本当は付き合ったことなんてないけど、あえて嘘をついた。


「えっ、そ、そうなの……? あ、私は……あの……えっと、う、うん、そ、そ〜ねぇ。まあ、何度かあると言えばあるかなぁ。ははは……」


 ふむ、どうやら今まで付き合った事はナシ、と。

 あさっての方向に視線を反らせて、わかりやすい反応をする先輩にいじわるしたくなる気持ちが、むくむくと沸き起こる。


「そうですよね。そんな恋愛経験豊富な先輩に相談にのってほしいことがあるんですけど」

「あ、う、うん。なんでも聞いてちょうだい」

「その、ちょっと恥ずかしいんですけど、ディープキスってどうやったら上手くできるんでしょうか」

「……はいっ⁉ ディ、ディ、ディー? ディー……プっキスって、ええっ?!」


 瞬間で顔を真っ赤にして、慌てる先輩は本当にかわいらしい。


「先輩、そんなに大きな声で言わないでください」

「あ、ご、ごめん。ちょっと、驚いちゃって……」

「前に付き合っていた人に、お前下手だから別れるって言われて。ずっと悩んでたんですけど、誰にも相談できなくて。でも、経験豊富な先輩なら、こんなこと言っても引いたりしないで、教えてくれるかなって……」


 しゅんとした感じで、うつむきながら伝えてみる。感情を込めるとなんだか涙目になってきた。こんな演技ができるなんて、我ながらびっくりだ。


「そんなっ、ひどい! そんな奴、別れて良かったよ! 大丈夫、梓ちゃんにはもっと素敵な人が現れるよ」


 私を労るようにギュッと両手を握りながら、架空の元カレに怒ってくれる。

 騙していることに、少し罪悪感を覚えた。でも、止めたりなんかしない。


「ありがとうございます。でも、また下手くそって思われたらと考えるとこわくて。だから……先輩に教えてほしいんです」


 今にも泣き出しそうな顔で、先輩を見つめる。感情が入りすぎてポロリと涙が一粒こぼれた。 


「な、泣かないで。私で良かったらいくらでも教えてあげるから」


 自分で仕掛けておいてなんだが、先輩、チョロすぎやしないだろうか。

 私はちょっと心配になった。よく今まで誰にも奪われなかったな……と、この奇跡に感謝した。



「えっと、じゃあ、よろしくお願いします……」

「あ、う、うん。そ、そうだね。大丈夫、き、き、緊張しないでいい、から。女同士だし、大丈夫、大丈夫……」


 めちゃめちゃ緊張してガチガチになっている先輩と正座してお互いに見つめ合う。

 そうして少しずつ顔の距離を縮めていく。

 先輩の緊張が私にも伝染ったようで、さっきから手汗が止まらないし、鼓動もとんでもない速さだし、なんか色々爆発しそうだ。


 お互いの鼻と鼻が触れ合う。


 鼻息がかかるのがくすぐったい。 


 そのまま目を閉じて……。


 ガチッ!


「……いっ」


 歯が当たってしまった。


「ご、ごめんなさいっ! やっぱり私が下手くそだから」


 経験豊富な設定なのに歯を当ててしまった先輩をフォローする。


「そ、そんなことないよっ。もう一度しよっ」 

「はい、ありがとうございます」


 今度こそ、と再び顔を近づけあう。


 二人の距離がゼロになる。


 ちゅ、と唇が触れ合う。


 柔らかい……。


 やばい、なにこれっ……人の唇ってこんな感触なんだ……と初めての感触に頭がパニックになりそうだ。


「……っ」


 先輩の唇はぷるぷるで、柔らかくて、気持ちいい。

 普通のキスだけでこんなに気持ちいいのに、更に深いキスなんてしたら、一体どうなってしまうんだろう。

 おそるおそる舌を隙間から出し、先輩の唇をペロっと舐める。


「……んんっ」


 先輩は顔を真っ赤にして、パッと唇を離す。


「え? どうしました? やっぱり私、なにかおかしかったですか?」

「や、ち、違うのっ。ちょっとその、女の子とするの初めてだったから、ちょっとあの、びっくりしたっていうか……」

「やっぱり、やめますか?」

「ううん! 大丈夫! 今度はちゃんとするからっ」


 そうしてまた顔を近づける。


 先輩の甘い吐息が顔にかかる。


 三度目のキス。


 ちゅっ……。


 先ほどのように先輩の柔らかな唇を舐める。


 ペロッ……。


 そうすると、今度は先輩も控えめに舌先を出し、私の唇を舐めてくる。


 初めての感触にゾクゾクゾクっと体が震えた。


「ふぁっ……、ちゅっ……くちゅっ……はぁっ……ちゅっ」


 そうするうちに、互いの舌先が絡み合い、口付けも自然と深いものになっていく。


 初めはお互い控えめだったのに、だんだんと舌づかいが大胆になっていく。


「……ぁ、んっ、ちゅっ、くちゅっくちゅっ、……はぁっ、んむっ」


 先輩とキス、それもこんなに深いキスをして、私は気持ちよさに酔いしれる。

 下腹部がキュンキュンして、いけない気持ちが溢れてくる。


「……ちゅっ、んっ」


 先輩がはぁはぁと息をしながら、唇を離す。

 頬は紅潮し、とろんとして潤んだ瞳で先輩は恥ずかしそうに私を見つめる。


「あ、の……。どうでした? 私のキス」

「えっと、気持ちよかった……じゃなくて! その、全然下手じゃないっていうか……大丈夫だと思うよ」

「本当ですか? でも、やっぱり自信ないです。明日も私に教えてください。お願いです、月下先輩……」


 先輩の両手をきゅっと握ってお願いする。

 ちょっと困ったような顔をしながらも、先輩は「うん、わかった。いいよ、梓ちゃん」と、言って優しく微笑んでくれた。

 うーん、やっぱりチョロすぎる……。先輩が心配だ。先輩がこんなにもチョロかわいいことを知っているのが、私だけでありますように。





 初めてキスをしてから四日目。

 あれから先輩は本当に毎日、私の部屋に来て勉強とキスを教えてくれた。

 私は飽きられないように、キスの仕方をインターネットで調べたりして先輩に毎日違うキスを試した。


「んんっ、あずさっ……ちゃん、はぁっ、ちゅっ、くちゅり、くちゅっ……ちゅっ……はぁっ……激しっ……んむっ」


 舌を絡ませたり、唇を挟んだり、歯茎を舐め回したり、先輩の口の中を思う存分、堪能する。

 部屋の中には二人の荒い息づかいとぴちゃり、くちゅり、という水っぽい音だけが響き渡る。


 ガチャ。


 そう、二人の世界に思いっきり浸りすぎていて、ノックの音にまったく気づかなかった。


「あずー、母さんが月下に夕飯一緒にどうですかって……え……?」


 瞬間、先輩とパッと離れる。


 見られただろうか。


 いや、すぐに離れたから多分大丈夫、なはず……。


「えっと、えっと、先輩! どっどうしますですか?」


 いけない。動転して、なんだかうまく話せない。冷や汗がだらだらと背中を伝う。


「あっ、わわたしっ、そろそろそろろっ、帰らなくちゃいけないからっ!」


 先輩も思いっきり噛みまくり、ギクシャクとした動きで荷物をカバンに詰め出す。

 そんな不自然な二人の様子をまったく気にする気配もなく、お兄ちゃんは話を続ける。


「あ〜、ん〜、そうか。じゃあ、もう暗くなってきたから、駅前まで送るよ」


 鈍い兄で良かった。ふぅ〜、と思わず安堵のため息が漏れる。



「それじゃ、梓ちゃん、また明日ね。お邪魔しました!」

「先輩、ありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」

「んじゃ、行くか」


 バイバイと笑顔で手を振る先輩と、だるそうにあくびをしながらドアを開ける兄を見送る。

 ……本当は私が、送って行きたいけど。

 部屋に戻ると、先輩の筆箱が置きっぱなしになっていることに気づく。走れば間に合うな……と、思い立つ。

 私は筆箱を掴むと、急いで二人の後を追った。





 日が落ち、暗くなり始めた道を走り抜ける。

 ……あ、先輩見えたっ! と、息を弾ませながら遠くに二人の姿を見つける。

 おーい、と呼びかけようとしたその時、二人は道をそれて、すぐ横にある公園へ入っていった。

 ドクン、と心臓が大きく鳴った。


 なんで二人で公園に?


 頭の中を悪い想像が一瞬で駆け巡る。


 二人に見つからないよう、裏手から公園に入って様子を伺うことにした。



 草むらにしゃがみこんで、ベンチに座る二人を見つめる。なにやら話しはじめ、先輩の表情から緊張していることが伝わってきた。

 ここだと、声が聞こえない。

 バレないように注意しながら、ベンチ横の自販機の裏に移動する。


「……っ、ごめん……、……ず……、……して」

「いや、それ……、月下は……の……、……本気?」


 二人の話し声が、どうにか聞こえるが内容がよくわからない。

 目をつぶって、二人の声に集中する。


「……の、……好きだよ。私っ……あ……と、本気でっ……」


 どうして、その言葉だけハッキリ聞こえちゃったんだろう。

 兄に対して、好きだなんて告白の言葉は一番聞きたくなかったのに。

 バットで頭を殴られたような衝撃を受け、私は目眩を覚えた。

 先輩から愛の告白なんてされて、断る男はいないだろう。

 筆箱をきつく握りしめると、フラフラと私は逃げるようにその場を立ち去った。



 翌日、泣き腫らした目で学校に行くと、案の定、結衣に「どーした!」と心配そうに顔を覗き込まれた。


「ん、ちょっと失恋した」

「えぇっ……! どこの馬鹿だよ! こんなかわいいあずを振るなんてっ! あず〜、あたしの胸で泣いていいよ!」


 そう言うとギュッと抱きしめ、よしよしと頭を撫でてくる。


「……ありがと。少し元気でた」




 昨日はあれから家に帰ると、ずっと部屋に籠もって泣いていた。

 夕飯も食べないでどうしたと、両親もお兄ちゃんもドア越しに心配そうに声をかけてきたが、放っておいてと言って、朝まで泣き通した。

 お兄ちゃんの顔なんか見たくなくて、今朝もだいぶ早くに登校した。

 朝早かったので、生徒の数も少なかった。私は昨日渡せなかった筆箱を先輩の机の上に置くと、また泣きそうになる。

 目を赤くしたら結衣に心配させちゃうかな、と考えてグッと涙をこらえる。

 でも、やっぱり腫れた目を見つけられて心配されてしまった。



 昼休みにご飯を食べ終わった後もまたギュウギュウと結衣に抱きしめたり、頭を撫でられたり、されるがままに私は過ごした。

 あまりに無気力で元気のない様子に、結衣や美咲以外のクラスメイトたちも心配そうに私を見ていた。失恋がこんなにもつらいものだなんて、知らなかった。今日は学校を休めばよかったと後悔する。

 そこにいま一番聞きたくない人の声で名前を呼ばれた。


「梓ちゃん!」


 ずんずんと一年生の教室に入ってくる先輩に、クラスメイトたちは興味深そうに私たちを眺める。


「昨日忘れた筆箱、届けてくれてありがとう」


 そう言うと、さっきから私に抱き着いている結衣をジロジロと見ている。


「仲良いんだね。……でも、あんまり抱き着いてると、梓ちゃん苦しいんじゃない?」


 先輩は笑顔だけど、目が笑ってない。

 初めて見る表情だ。


「いや、慰めてるところなんで。あずにはいま熱い抱擁が必要なんです」


 結衣は更にギュッと私を抱きしめる。


「はぁ? 何ふざけたこと言って……って、梓ちゃん、目腫れてない? どうしたの?」


 心配そうに私の頬に手を当てて、目をじっと見られてしまう。

 先輩には見られたくなかったのに。どうしたなんて、聞かれたくなかったのに。


「……っ、なんでもないです」

「……そう? ……あっ、今日もまた一緒に勉強するときでいいんだけ」

「あのっ! もう、勉強、教わらなくて大丈夫です! 今までありがとうございました!」


 先輩の話を遮って、もう会わないと暗に伝えた。


「なっ……! 急にどうしたの?」

「私、今日から結衣と一緒に勉強するんで。結衣、いろいろ詳しいから、先輩よりも教えるのうまいと思います。だからもう先輩とは……しません」


 もう先輩とキスはしない。

 というか、お兄ちゃんの彼女になった先輩なんかとできっこない。


「うんうん、いーよ! 結衣ちゃんが手取り足取り教えてあげる〜」


 なんにもわかってない結衣は、私の頬にちゅっと軽くキスをしてきた。

 相変わらずスキンシップ過剰だ。

 先輩はショックを受けたような顔をしたが、すぐに怒ったように眉を釣り上げ、力づくで私と結衣を引き剥がした。


「ちょ、ちょっと、何するんですかっ!」


 結衣が抗議の声をあげる。


「うるさいっ! 梓ちゃんも、何言ってんの? 私以外の人に教わるなんて、ぜっっったいに許さないんだからっ!」


 先輩にグッと腕を掴まれ、そのまま引きずられるように教室を出る。



「ちょっと、先輩! 離してくださいってば!」

「やだ、離さない!」


 私が腕を離そうとするも、思った以上に強い力で掴まれ、周りの人たちを押しのけて、そのまま人気のない空き教室まで連れて行かれる。


「〜〜っ、もう! 一体なんなんですか?」


「それはこっちのセリフよ! なんで急に、もう私としないとか! さっきの子が好きなわけ? わけわかんない! ひどいよ……。昨日だって、あんなに……っ」


 目に涙をためながら先輩が怒っている。なんでそんなに泣きそうな顔をしているんだろう。

 先輩はもう、好きな人に想いが伝わって幸せなくせに。


「だって! 先輩、昨日お兄ちゃんに告白してたじゃないですか! どうせ上手くいって付き合うんでしょ? だったら、私なんかとキスしてたら駄目じゃないですか! 先輩のバカ! 先輩のことキッパリ諦めたいのに! 私はこれ以上好きになっちゃいけないの! なのに、なんでわかんないの? こんなこと言わせないでよ!」


 思いの丈を一気にぶつける。

 感情が昂ぶり過ぎて、涙がポロポロこぼれ落ちる。


「な、なにそれ? 日野君に告白なんてしてないし!」

「嘘! だって昨日、筆箱渡そうと思って追いかけたんです。そしたら、二人で公園のベンチに座って、好きだよって言ってたじゃないですか!」

「違う、違う! 勘違いしてる! 私は、梓ちゃんが好きだよって日野君に伝えたの!」

「……えぇ?」

「昨日、やっぱりお兄さんにキスしてるところを見られちゃってたみたいで、大切な妹にあんなキスするなんて、どういうつもりだって怒られたの。だから、私は梓ちゃんのこと……好きって言ったの。ねぇ、本当に梓ちゃんのことだけが好きだよ」


 真っ直ぐに私の目を見て、好きだよと言う先輩は、なんて綺麗で眩しいんだろう。


「で、でも、先輩、お兄ちゃんのことが好きだったんじゃないですか? 私、最初から気づいてましたよ」

「えっ、それは……憧れみたいなものはあったけど……。でも、しょうがないじゃない。あんなキス毎日されてたら、もう梓ちゃんのことばっかり考えちゃうようになって、気づいたら大好きになってたんだもの」


 先輩は恥ずかしそうに目をそらすと両手を頬に当てて、赤くなった頬を隠す。


「あは、先輩照れちゃってかわいい」


 かわいすぎて、思わずクスクスと笑いが漏れてしまう。


「なっ! そんなことより、梓ちゃんは〜? 私のことどう思ってるのかちゃんと聞かせてよ」

「言わなくてもわかってますよね?」

「だーめー! ちゃんと目を見て言わなきゃ許さない」


 先輩が私にツンツンした態度をとってくれるのが嬉しい。

 強気な態度の先輩をデレさせたい気持ちが沸き起こる。

 何も言わずにグッと顔を近づける。


「んなっ、なにっ? んっ……んんっ」


 強引だけど、とびきり甘いキスをあげる。


「……ちゅっ、はぁっ、こんなこと大好きな人にしかしませんよ。好きです、先輩」


 耳元でささやくと、先輩がゾクゾクと震えたのがわかった。


「うん、嬉しい……。私も大好き」


 ギュッと私を抱きしめて甘えたように首元に顔を埋めてくる。


 このまま押し倒してしまいたい。


 世界一かわいくて愛しい私の先輩。


 私の作戦通りに落とされましたねって言ったらまた顔を赤くして怒るかな?


 とりあえず、これだけは教えてあげる。


「先輩に一目惚れでした。出会った瞬間からあなたにメロメロなんです」


 ボッと顔を赤くした先輩に再びキスをする。


 私と先輩の恋はまだ始まったばかり。


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