ネクスト

星埜銀杏

前編:時代の寵児たち

 …――次だな。次。


 暗い部屋で一人の男がリモコンを操作する。


 目の前には巨大なモニター。その中で人気絶頂の女性アイドルがコンサート会場で愛想を振りまいている。観客の熱狂ぶりは狂気。驚喜乱舞の最中、歌い踊るアイドルが、いかに人気が在るのかが分かる。画面からの光に照らされた男は、ほくそ笑む。


「みんな、今日はありがとう」


 マイクを通してだが響き渡る可愛らしい声。


 愛らしく、ころころ笑い、手を降っている。


「今日は、みんなに、悲しいのかな、そんなお知らせがあります」


 なんだろうとざわめく会場。


「このたび、あたしはアイドルを卒業する事になりました。もちろん芸能界は引退しません。だから悲しまないでね。これからは舞台や映画なんかで女優をやります」


 ……だから、これからもずっと応援してね。


 などと、また可愛らしくも、お辞儀をする。


 OKッ、などという怒号が会場に乱れ飛ぶ。


 頑張って、ずっと応援するからね、と……。


 暗い部屋でモニターを見ていた男が、静かにも両口角をあげる。


 次だな。


 と一言だけ言ってからリモコンを操作する。


 モニターの画面は切り替わって都心唯一のスタジアムである武道ドームへと移る。


 今日、この日、ここで熱狂的な信者を生んだ芸人コンビのライブが行われている。十数万人規模で観客を収容できるドームを満載にしたお笑いライブ。壇上では件の芸人がコンビで漫才を披露している。観客に目を移すと失神するものすらいる。


「なんでやねんッ。ちゃうわ」


 などと突っ込み笑いをとる。


「いうてね。俺ら、仕事が忙しすぎて休むヒマもないんですよ。寝る時間すらないってね。でもお笑いが好きやねん。だから体にむち打って頑張らせてもらいますわ」


「おまえの場合、むちちゃうやろが。ほれ、白いやつちゃうの?」


 …――腕に針さしてさ。ちゅぅぅってやつ。


「それ、ダメなやつ。そんなん絶対打たんわ」


「本当?」


「当たり前やろ。むしろ、黒いやつ飲んで頑張らせてもらいます」


 モンズターか、モンズター。あれ美味いな。


 ふふふ。


 と少々、笑ってモニターを前にした男が微かに白い歯を見せる。


 彼らから目を離して、幾ばくかの時、目を閉じる。なにかしらを考えていたのか彼が在る場が沈黙に満たされる。ジジっと一瞬、画像が乱れる。それを合図にしていたのか、静かに目を開けてリモコンを手に取る。次だな、次だと厭らしくも嗤う。


 モニターに映されていた映像が切り替わる。


 今度は国会中継だ。


 リーダーシップが半端ないと話題沸騰の総理大臣が椅子に座って手を組んでいる。


 どうやら憲法改正の審議をしているらしい。


 意見を求められた総理大臣は落ち着いた所作で、ゆっくりと椅子から立ち上がる。


 そうして、拳を振り上げて力強く言い放つ。


 いかに今の、この国の憲法が時代遅れになっているのかを力説しだす。そして憲法改正に反対する議員を与党や野党かまず名指しで批判しだす。無論、国会内はざわめき、そののち大混乱に陥る。総理大臣に掴みかかろうとするものすら出てくる。


「改革なさずして、この国の未来はなしッ!」


 と額に血管を浮かしながらも大声で叫ぶッ!


「反対ッ」


「賛成ッ」


 という言葉が乱れ飛び収拾がつかなくなる。


 暗い部屋に在る男は両肘を机の上についてから手を組んで顎を乗せる。その顔つきは、にやついており、どこかしらから毒ガスが流れてきたかのような怪しい雰囲気が漂う。また目を閉じて、なにかしらを思案する。ついで口から漏れる厭らしい嗤い。


 次だな。


 と、またリモコンを手に取りボタンを押す。

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