第228話 のんびりデート5

228話 のんびりデート5



「……」

「……」


 二人して赤面し、下を向く。


 幸い、サキの仕返し濃厚キスには周りの誰も気づいた様子はなかった。


 しかし、だ。やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。


 まあ、でも……


(それと同じくらい……嬉しい)


 公衆の面前だったにも関わらず俺のキスを受け入れてくれたこと、そしてそれどころかお返しまでくれたこと。


 そのどちらも、周りにバレたんじゃないかという焦燥をかき消してしまうほどに嬉しかった。

 

「と、とりあえず次の水槽行くか」


「……うん」


 返事をするとともに、サキの小さく暖かな手が俺の左手をそっと握る。


 まだ恥ずかしさが抜け切っていないだろうに。それ以上にくっつきたい気持ちの方が上回ったと受け取っていいのだろうか。いや、受け取ろう。そうであってほしいから。


◇◆◇◆


 イワシとイルカから始まり、シャチ、ペンギン、エビやカニにサメ等々。


 ちょうど館内を半分ほど回ったところだろうか。ほんの少しずつだが、水槽やその周りの照明が薄暗くなっていってる気がする。


「な、なんか暗いね、それにまわり、人が少なくなった気がする」


「本当だな。ま、多いよりはよっぽどいいけど」


 そしてその理由が、俺には既に分かっていた。


 なにせこの水族館の館内マップは事前に何度も見続けてある程度頭に入っているからな。おそらくこの先はサキにとっての″苦手ゾーン″だ。


「サキ」


「な、なに?」


「手、ずっと繋いでいような」


「……? うん?」


 俺は意地悪だ。サキがそれらを苦手なのを分かっていて……いや、分かっているからこそ、この先に進もうとしている。


 というかまあ、俺も正直なところあまり得意ではないのだが。やっぱり水族館に来たからにはちゃんと一周しないとな。


「な、なんか凄く嫌な予感するよ?」


「気のせい気のせい」


「ほんとに!? なんかさっきから手の力が強くて『絶対逃さない』って言われてるみたいだよ!?」


「気のせい気のせい気のせい」


 お、サキさん意外と察しがいいな。


 だがもう手遅れだ。この手は絶対に振り解かせやしない。


「ほら、次の水槽見えてきたぞ。……おお、これは中々」


「中々な何がいるの!? ここ、怖いお魚さんのゾーンなんじゃないの!?」


「あ、こら何目瞑ってるんだよ。せっかくの水族館なんだから見なきゃ損だぞ? あんなのそうそう見れるもんじゃないし」


「ぜ、絶対怖いのいるもん! 絶対騙されないからね!!」


 強情だなぁ。もうここまで来て逃げることなんてできないって、分かってるだろうに。


「ほら、開けろ〜!」


「んひゃっ!? ちょ、和人どこ触っーーーーん゛んっ!!」


「ほらほらほら。開けないともっと激しくいくぞ〜?」


「わ、分かったよぉ! 開ける! 開けるから! だからもうやめてぇ!!」


 空いていた右手で無防備すぎるサキさんの脇腹をつつき、指でなぞる。


 なんか俺の彼女さんがエッチなせいであらぬ誤解をさせてしまったかもしれないが、決してあんなところやこんなところには触れていない。というかそんなことしなくても、身体がよわよわすぎるサキさんなら少しのくすぐりで充分だ。


「か、和人の……いじ、わるっ!」


「なんとでもおっしゃい。ほら、見てみろって大きくてすっごいのいるから」


「……」


 一回、二回。その場で息を整える深呼吸を何度か繰り返して。おそるおそる、といった様子で、サキは目を開ける。


「…………ひっ!?」


「な? 鳥肌立つくらい凄いだろ」


 そしてその視界の先でお出迎えしてくれたのは、きっとサキでなくとも怖がるであろう超巨大生物。


 前兆約四十五センチ。類似した見た目の個体より何十倍と大きなそれはのそのそとゆっくり動きながら、その不気味なフォルムを見せつける。



「最近巷じゃ大人気の、ダイオオグソクムシさんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る