第213話 勇気の吐露と羞恥心2
213話 勇気の吐露と羞恥心2
さらさらさら、と。流石大人気イラストレーター。きっとプレゼントキャンペーンなどで直筆サインを書く場面は多かったのだろう。あっという間に滑らかなペン捌きで表紙の裏の余白ページに『夕凪』の文字を変形させた可愛らしいサインと俺への宛名を書くと、本を閉じた。
「この私が目の前で書くサインなんてめっっちゃくちゃ貴重なんだからな? ありがたく受け取れ」
「あ、ありがとうございます」
「ふふんっ。家宝にしてもいいんだぞ?」
その場にいる全員ーーーー夕凪さん以外全員、何が何やら分からず、フリーズした。
ついさっきまでこの人は俺をここから追い出そうとしていたはずだ。男が嫌いで、たとえサキの彼氏であったとしてもそれはここにいることを許す理由にはならないって。
「み、ミーちゃん? 一体これ何が起こったの? なっちゃん急ににっこにこなんだけど??」
「さぁ……私もいきなりの場面切り替えで驚いてます。和人さんの熱弁が効いた……ということ、でしょうか?」
ぼそぼそと耳打ちをしながら現状理解に勤しむ二人を横目に。俺も、おそるおそる口を開いた。
「夕凪さん? え、えっと、その……俺、ここにいていいってことでいいんでしょうか……?」
「あぁ〜ん? んなのあったりまえだろぉ! へへ、私のファンに悪い奴ぁいねえよ。しかも担当ラノベまで買ってくれてる生粋のファンときた。へへへへっ……これからよろしくな、和人君!」
ああ、そういうことか、と。困惑していた俺たちは全員、瞬時に理解した。
「ママ、チョロい……」
「なっちゃんチョロぉ……」
「チョロいんですね。夕凪さん」
この人は、自分のファンが大好きなんだ。
これは推測だけれど、多分言い換えれば男嫌いだというのは″自分のファンではない男″のこと。だってこのだらしないニヤケ顔、とてもじゃないが嫌いな相手の前でしていい顔じゃない。
(って、あれ? それってつまり……)
「いやぁ、それにしても和人君! 私の娘に目を付けるとは中々お目が高い! そうだろうそうだろう。うちのアヤカは可愛いんだ。私の大ファンだと言ってくれたのも嬉しかったが……こう、やっぱり産んだ身としては娘がここまで溺愛されてるというのも同じくらい嬉しいなぁ!!」
「っ……つっ!!」
俺、あんなに小っ恥ずかしいこと言う必要……無かったんじゃ……っ!?
頭の中で俺の叫んだ言葉が反響し、やがてそれがどれだけ恥ずかしい台詞だったのかを自覚した瞬間。みるみるうちに顔に熱が籠っていき、あまりにいたたまれなくなった俺は、そっと両手で自分の顔を覆ったのだった。
「わ、私はとっても嬉しかったよ? 和人の気持ち、本当に嬉しかった。だから、えと……は、恥ずかしくなんてないよ!」
「やめてくれぇ……慰められると余計に辛い……」
「はぁ〜あ。なんか急に腹減ってきたな! 注文しようや注文!! 今日はアカネさんが出してくれるって話だしたらふく食うぞ〜っ!!」
こうして、なんやかんやで問題は解決。夕凪さんに気に入ってもらうこともでき、グループ初めての顔合わせであるご飯会は円満に過ぎていったのだが。
俺だけは、羞恥心という精神的ダメージを永続的に喰らい続けたのだった。
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