第199話 職場体験

199話 職場体験



「ささ、こっちです。入ってください」


「は、はい……」


 案内されたのはこの家の一番奥に位置する部屋の前。


 ガチャ、とドアノブを捻りミーさんが扉を開くと、その向こうには異次元とも呼べる光景が広がっていた。


「Vtuberの命とも呼べる部屋。配信部屋です。アカネさんの配信は勿論のこと、私も基本的に編集はここで行なっています」


 これが個人勢チャンネル登録者トップを独走する人の部屋か。なんというかもう……格が違う。


 部屋の大きさもさながら、まず一番最初に目に入ったのはデスクの上に設置された巨大なデュアルモニター。その巨大さたるや、おそらくデスクトップパソコンのモニターより一回り……いや、二回りは大きい。しかもそんな画面を二つだ。値段は想像したくないな。


 その他にもデスクの横側には赤羽アカネさんのイラストが描かれたゲーミングパソコンの本体が置いてあったり、あと某有名なんちゃらレーシングのゲーミングチェアが二台並んでいたり。初めて見た時はサキのデスク周りも中々に配信者していると思ったが、ちょっとこれは装備のレベルが違い過ぎる。


「すっ、ご……。こんなデカいモニター初めて見ましたよ」


「私もこれがここに届いてきた時にはあんぐりとしたものですよ。なにせ収益を使ってアカネさんが勝手に買ったものですから」


「勝手に、ですか。やっぱりとんでもないですねあの人」


「ええ。本当に」


 まずこの装備を整えるためのお金を収益で賄っているというのが凄すぎる。このマンションの家賃だって相当高いだろうし、やっぱりトップVtuberともなれば桁違いの収益が入ってきているのだろうか。


「さて、和人さんをここに連れてきたのには訳がありまして」


「訳……一肌脱ぐって言ってたやつのことですか?」


「そうです。せっかくマネージャー業に興味を持ってくださったんですから、どうせなら体験してもらおうかと思いまして」


 体験……? 体験って、まさか……


「一緒に仕事をしてみましょう。あ、お給料は出しますのでご心配なく。まあちょっとした職業体験だと思ってくれていいですよ」


「い、今からですか!? 流石に足引っ張るんじゃ……」


「ふふっ、それは和人さん次第ですね」


 一肌脱ぐってこういう事だったのか。


 正直めちゃくちゃ光栄なことだ。マネージャーとしてこの先サキを支えていくことを考えるなら、この体験は必ず役に立つ。マネージャー業の体験をできるだけでも充分だというのに、相手はVtuber界でトップをひた走るあのアカネさんを裏で支えるプロフェッショナルなのだから。


 ただ……だからこそ、と言うべきか。同時にプレッシャーも凄い。ただの体験だと言っているしそこまで重い仕事をさせられることもないだろうけど、やっぱり緊張はしてしまうな。


 でも────


(そんなの、断る理由にはならない。こんなの、受ける一択だろ!)


 これまで努力を重ね続けてきたミーさんと同等の技術があるなんて、そんな驕りは一切ない。俺は編集ソフトを使いこなせるわけでも、巧みな交渉術を持ってるわけでもない。足を引っ張るのなんて目に見えてることだ。


 なら、もうがむしゃらに頑張るしかないだろう。学べることは全て学び、吸収する。せっかくの休みに時間を作ってもらってまでこんな貴重な経験をさせてもらうのだ。


「俺、絶対足引っ張ると思います。けど目一杯頑張るので! 職業体験……受けさせてください!」



 頑張りという名の誠意を見せることこそが、ミーさんへの恩返しだ。

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