第96話 ちょろ酔いの代償

96話 ちょろ酔いの代償



「ん、ぅ……ぅえ?」


 妙に軽い身体を捻り、伸びをしてから目を開けて、周りを見る。


 白い天井、机、テレビ……床に雑魚寝して寝息を立てている、和人。そして自分の体の上にかけられた、一枚の布団。


 どうやら私は、寝落ちしてしまっていたようだった。


「くあぁ……。もお、床でなんか寝てたら風邪ひいちゃうよぉ……」


 ゆっくりと身体を起こし、ひとまずと何も被らず寝ている和人に、そっと布団をかける。そして同時に近くに置かれている、二人分の大きな旅行鞄の存在に気づいた。


 昨日、晩ご飯を食べる前に軽い用意は済ませていたけれど、あそこまで鞄は膨らんではいなかった。つまり……


(和人、一人で……)


 段々と寝起きの頭が働き始め、昨晩の出来事を思い出していく。


 そう、昨日は和人の誕生日。二十歳になったお祝いも兼ねてお出かけ帰りに買ったお酒を飲もうってなって……あれ? その後、結局飲んだんだっけ?


 一緒に飲むお酒を選んだことまでは覚えているけど、何故かその後の記憶が完全に途絶えている。しかも、私はソファーで寝落ちして和人は一人で準備を進めてくれていた。


……嫌な予感しかしない。


「で、でもまだ、確認するまでは分からないよね」


 和人を起こさないようゆっくりと立ち上がった私は、そのままテレビの方まで歩いて、その後ろに固定されたスマホを手に取る。


 お酒に酔って痴態を晒す和人の姿を記録するために、三時間で自動的に終了する設定で録画をしていたスマホを。


「ん、録画自体はちゃんと出来てる……」


 ビデオアプリを開くと、そこには「180.00」の文字。そこには百八十分、つまり三時間の録画が確かに出来ていることが示されていた。


 録画が始まったのは、和人が冷蔵庫にお酒を取りに行ったその時。不安な気持ちを押し殺しながら再生ボタンを押し、私は映像の確認を始める。


『やっぱりちょろ酔いだな。慣らしは大事だ』


『和人さん、慣らさないとすぐ潰れちゃいそうだもんねぇ』


『……そっくりそのまま返すわ』


 そう、ここら辺までは覚えてる。和人の方が絶対に先に潰れる気がしてたから、余裕綽々な感じでグラスにちょろ酔いを注いでもらったんだ。


 映像の中で私は、それを和人が先に少しだけ飲んだのを見てから口に含む。


 私の記憶がないのは、この先。一体何が────


『ん、ふにゅ……? 身体ちょっと、熱い?』


 開いた方が塞がらなかった。ほんの少しちょろ酔いを飲んだだけの私はあろうことか顔をほんのり赤くして、呂律が回らなくなりながらだらしのない笑顔をしている。


「う、嘘だよね? いくらなんでも、そんなに早く……」


『えへへ……ぽかぽかすりゅ。和人、お酒あっためておいてくれたのぉ?』


『バリバリに冷蔵庫で冷やしてましたが??』


『もぉ、照れちゃってぇ。そうやって隠れて私のために色々してくれる和人しゃん、わらひは好き……ううん、大好きらよ?』


「あ、あぁっ……ぁぁあっ!?」


 痴態。圧倒的痴態。本当は酔った和人の姿を残そうとしたこの録画に写っていたのは、顔から火が出そうになるほどの私の痴態ばかり。


(私って、こんなにアルコール弱かったの!?)


 まだせめて、飲んだお酒の度数がめちゃくちゃ強かったなら一口でこうなっても仕方がないと思える。でも私が少し舐めただけでふにゃふにゃになってしまったお酒は……ちょろ酔い。


 しかもここから、私の酔いは加速していく。


 和人からグラスを奪い取り、中身を全て飲み干した。そして机の上にばたんきゅーすると、先程までとは比べ物にならないほどに私の様子は壊れ、乱れた。


『おしゃけぇ、おいひぃ♡ これが噂の、強炭酸すとりょんぐっ……♡』


「うぅ、和人が見てるよぉ……。何強炭酸ストロングって! 炭酸も飲めない子がお酒なんか飲むからそうなるんだよォォォ!!!」


「全くその通りだな」


「ぴぃっ!?」


 恥ずかしさのあまり叫ぶ私の背後に突然現れたのは、さっきまで雑魚寝していたはずの和人さん。振り向くとニヤニヤとこちらを楽しそうに見て、ほっぺたをつついてくる。


「随分と楽しそうに酔ってたなぁ。その様子を見るに、何も覚えてない感じか」


「ほっぺたむにむにするの、やめへ! あとニヤニヤするなぁ!!」


「はははっ。まあそう怒るなよ。サキが赤ちゃん並みのアルコール耐性しか無くても俺は好きだぞ?」


「むぅぅぅぅ!!!!」



 ほっぺたをつままれ、むにむにと遊ばれて。でもどこか嫌じゃない、そんな感覚を覚えながら……私はいつか見返してやろうと、そう決意した。

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