第70話 カウントダウンの前準備

70話 カウントダウンの前準備



「疲れ、たぁぁ〜。明日絶対右腕筋肉痛だよぉ」


 ぐりゅんぐりゅんと右肩を回しながら、部屋の扉の鍵を開ける俺の後ろでそう呟くサキ。言われてみれば、俺も右腕に若干違和感のようなものがある。


「ま、あれだけ遊んだら仕方ないな。俺たちただでさえ運動不足なわけだし」


 多分、普通の奴ならたかだか三時間ほど遊んだところでこうはならない。だが、俺は帰宅部で普段から運動をしない面倒臭がり屋であり、サキの方はそもそも運動自体ができない圧倒的運動音痴。その二人がスポーツからのボウリングなんてハードなメニューをこなせば、筋肉痛になるのは必然だ。


「じゃあ、私先にシャワー浴びてくるね。すぐ上がっちゃうから、和人も早く入ってね〜」


「あいあい。焦らなくていいぞ〜」


 現在の時刻は、二十三時三十分。二人がシャワーを浴びて、ゆっくりと日付が変わるのを待つくらいの時間はあるだろう。


 早速と浴室に駆け込んでいったサキの背中を眺めながらそうやってゆったりと息を吐いた俺は、ソファーに一人で座ってスマホの画面を開いた。


「サキ、どれが喜ぶだろ」


 二人きりのカウントダウン。勿論普通に過ごしてもいいのだが、ほんの少し変わった事をしたくて。俺はここに帰ってくる途中、バス停からの通り道にあったコンビニで、飲み物をいくつか購入した。


 ズバリ、今作ろうとしているのはノンアルのカクテル。お酒は俺の誕生日まで待ってくれるとのことなので、ノンアルの少し高級感のある飲み物でお祝いだ。まあ、今日調子に乗ってサキに色々してしまったことへの謝罪も、少し込められているが。


「とりあえずいくつかジュースは用意したし、何かは作れるだろ」


 検索アプリで「ノンアル カクテル 作り方」と入力し、俺は早速作り方を調べていく。


 するとすぐにいくつものレシピがヒットし、俺はその中から、中々に良さそうなものを見つけた。


 その名は、「シンデレラ」。レモン、パイナップル、オレンジの果汁で作るカクテルなそうで、名前もなんかオシャレだし、何より作り方が簡単なのがいい。


「なになに? レシピはレモン果汁、パイナップルジュース、オレンジジュースをそれぞれ大さじ一杯。それと適量の氷でシェイク、か」


 いや、簡単すぎでは? とツッコミを入れたくなるほどにシンプルなレシピだが、口コミの評判もかなり良い。流石にシェイカーはないが、まあ小さな水筒でも使えばいけるか。


「ふぅ〜、良いお湯だったぁ。和人、次いいよ〜」


「ほーい。んじゃ、俺もサッと浴びてくるわ〜」


 と、ちょうど俺が調べ終えたタイミングで出てきたサキに見られぬよう、スマホを閉じて。俺も早く入らねば、と浴室へ向かった。


◇◆◇◆


「ねーねー、和人ぉ。なんでカクテルの作り方なんて調べてるのぉ?」


「あれ、おかしいな? 俺ちゃんとスマホ閉じてからシャワー浴びてたはずなんだけど」


 俺のスマホを弄り、さっき見ていたカクテルのレシピのページを見ながら。サキは扇風機の風で髪を揺らし、不思議そうな顔で俺を見る。


 まるでそのスマホが、自分のものであるかのように。自分が触っているのが、当然であるかのように。


「あの、人のスマホを勝手に開けたうえに弄るなんて、よくないと思うんですけど?」


「えー、忘れたの和人? このスマホのパスワード、私にバレてるんだよ? それでも変えてないってことはそれ即ち、覗いてくれって言ってるようなものだよね♪」


「えぇ……」


 いや、確かにその事完全に忘れててパスワード変えてなかった俺も悪いけども。もうちょっとこう、いくら彼氏のスマホだからといっても、もう少し覗き見るのに躊躇があってもいいんじゃなかろうか。こんなに堂々とされると、俺の言ってることの方がおかしいんじゃないかと錯覚してしまう。


「ねぇ、もしかしてカクテル作ってくれるのぉ? しかもノンアルのやつー?」


「あのなぁ。こう、カウントダウン五分前くらいにコッソリ作って持っていって驚かせてやろうとか、そういう作戦的なものも考えてたんだぞ? それを、お前……」


「あ、本当に作ってくれるの!? ねぇ、あれやってよ! バーのカッコいいマスターがシャカシャカするやつ!!」


「話を全く聞いてないなコイツ。そして俺の家にシェイカーはないぞー」


 全く。距離感が近くてお互いに壁がない今の状態はとても良い関係だと言えるが、ここまで来るといかがなものなのだろうか。


 今度、逆にホラー画像とかを壁紙に設定したまま開けたくなるようにこれ見よがしに見せつけて、開けさせるドッキリでもしたいもんだ。……いや、多分その場でサキのやつ泣き出しながら失禁しそうだから絶対にやらないけども。というか、俺も割とホラー苦手だからスマホ誰も開けなくなっちゃうし。


「ねぇ、せっかくだから一緒に作ろー? ほら、早くー」


「あー、はいはい。分かった分かった」




 ま、もう何でもいいや。とりあえずこのワガママお嬢様と一緒に、旨いカクテル作りにでも尽力するとしようか。

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