第64話 前日はただ、緩やかに

64話 前日はただ、緩やかに



「……ふぅ。って、サキ? まだそれ付けてるのか?」


「うん。なんだかまだ、付けていたくて……」


 サキとの仲直りを果たし、シャワーを浴びてシャツとパンツでリビングに戻ると、サキはまだネックレスを首から下げ、ご機嫌の様子でソファーに座っていた。


 頑張って選んだものだし、ここまで気に入ってもらえると本当に頑張った甲斐があったというものだな。


「あ、そうだ。アイスもう食べたか?」


「うんうん、まだだよ。和人お風呂あがりに食べるだろうなぁ、って思って待ってた」


「え、そうだったのか。なんか悪いことしたな」


 サキとそうやって話しながら冷蔵庫の前に移動して、買ってきたアイスを取り出す。


 買ってきたアイス四つのうち、二つはバニラとチョコのスタンダードなカップアイス。

そして残りの二つは二本で一つのシェア形アイスと呼ばれるアイスで、味は安定のカフェオレと夏にピッタリのマスカット。


「サキどれがいい? 俺は別にどれでも良いから、先に選んでくれ」


「本当にぃ? やったぁ♪」


 ひょっこりと俺の後ろから顔を出したサキはそう言うと、一瞬悩む素振りを見せてからスティック味のアイス二種類を、どちらも取り出した。


「これとこれにするっ」


「おいおい、一人で四本も食ったらお腹ピーピーになるぞ?」


「むっ、そんなに食べないもん!」


 ぷくぅ、と膨らませた顔を俺の肩の上に乗せ、可愛く反論するサキ。なら何故二つも取った? と思っていたら、そのままサキはペキペキといい音を鳴らしてスティックをそれぞれ半分に折り、四本のアイスにして、カフェオレ味とマスカット味を一本ずつ、俺に渡す。


「半分こするのっ。こうすれば、二つの味を楽しめるでしょ?」


「おい、俺はどっちか片方でいいんだが」


「なら片方は戻しておけば?」


「……お前が今、どっちの封も開けたんだけどな」


 やれやれ、とため息を吐きながら、俺は仕方なくどちらも食べることにした。まあ、アイスなんてただの液体がちょっと固まっただけのものだしな。ジュース飲む感覚で行けば余裕か。


「ふへへっ。私これちゅうちゅうするの、大好きなんだぁ」


「知ってるっての。だから買ったきたんだよ」


「さっすが和人ぉ」と、俺の言葉にそう返したサキと共にソファーに戻り、二人で隣り合って座る。隣からは強弱設定「中」の心地よい風が当たり、口からは甘く冷たいアイス。そんなささやかな幸せを、互いに感じながらもたれ合った。


 そんなほのぼのとした空間でふと、俺は何となく頭に浮かんだ話題を呟く。


「はぁ。そういえばサキ、明日で誕生日な訳だけどさ。二十歳になるってことは、お酒も飲めるんだよなぁ」


「んー? あ、本当だ。全くそんなこと考えてなかったやぁ」


「明日ケーキ受け取りに行く時、ついでに買って帰るか?」


「お酒を? うーん……」


 あれ、意外と反応が薄いな。きっとサキのことだから未成年飲酒なんてしたことないだろうし、二十歳になった日にやる事といえばやっぱりお酒を飲んでみる事だったりすると思うのだが。まあ、サキは絶対弱いと思うけどな、アルコール。


「……まだ、いいかな。もう一週間もしないうちに和人も二十歳になるんだし、その日まで待つよ」


「あぁ、そういうことかぁ。確かに二人で初飲酒ってのは中々楽しそうだ」


「ふふっ、和人酔っ払ってすぐ寝ちゃいそうだけどね」


「お? ちょっと舐めただけで卒倒しそうな奴に言われたくないなぁ?」


 サキの酔っ払った姿、か。見たことがないから想像の域を出ないが、この間の寝ぼけてた時みたいに積極的になったりするのだろうか。それともすぐ寝る……いや、意外と酒強くてビクともしない、ってことは流石にないか。


 まあ、俺の誕生日になればどちみち分かることだ。とりあえずはその前に、酒無しでサキの誕生日を楽しむに限るな。


「……って、そういえばサキ、アヤカの方はいいのか? 確か誕生日、同じにしてたよな?」


「あー、誕生日記念配信みたいなやつのこと? それなら八日にしようと思ってるよ〜」


「えぇ、いいのか? せめて今日にカウントダウンとか────ふぐっ」


 その時、サキが俺の鼻を摘んだ。その顔はどこか、少しだけ不満そうだ。


「……バカ和人。カウントダウンも誕生日当日も……和人と、二人っきりがいいよ。和人は違うの?」


「ほぇ。俺も二人っきりがいい、です」


 なんだよ、それ。理由として可愛いがすぎないか? 不覚にも一瞬、ドキッとしてしまったぞ。


「もう。本当、和人は女心を分かってくれないなぁ……」


「し、仕方ないだろ。彼女は愚か、本気で人を好きになったのもサキが初めてなんだぞ? そんな奴に女心が分かるわけあるか? いや、ない」


「ひ、開き直っちゃった。無駄に上手に反語まで使って」




 そうやって、他の人に聞かせたら惚気るなと引っ叩かれそうな話を繰り返して。俺達はゆるゆると過ごしながら、夜を迎えた。

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