第54話 サキからのお誘い

54話 サキからのお誘い



「ん……のりしおも悪くないな」


「うすしおも、意外と……」


 二人きり、一時停止されたアリハンのBGMだけが響くリビングで、俺たちは皿の上に盛られたポテチを摘まんでいた。


 結局結論として、俺たちは二つのポテチを開け、それらを半分ずつお皿に入れて食べるという折衷案でポテチ論争を終わらせた。ずっとうすしお派だった俺だが、サキの隣で食べるのりしおは、普段食べるうすしおと同じ……いや、それよりもおいしくすら感じる。


 そしてどうやらサキも同じようなことを思っているようで、普段食べないのであろううすしおの方に何度も、手を伸ばしていた。


「ん~、はぁ……こんな時間にソファーでくつろぎながらポテチって。こんな幸せ味わっちゃっていいのかなぁ」


「いいんじゃないか? 今日は叫び倒してカロリーも使っただろうし」


「えへへぇ~♪」


 そういえば以前、深夜にメクドを食べたりしたこともあったが、サキの身体の線の細さは未だに変化していない。


 腕は細いし、腰もすらりとしていて。胸は……まああれだが。いずれにせよスタイル抜群であることに変わりはない。もしかしたら、この胸がカロリーを吸収しているのかもな。本人に言ったら絶対怒るだろうから口にはしないが。


「ふぁぁ、ちょっと眠くなってきたな。そっちはどうだ?」


「私は全然だよぉ? まだまだゲーム、し足りないしねぇ」


「む、やっぱり今日は朝までコースなのか?」


「もち!」


 もち、じゃないんだよなあ。今日は何気に俺も疲れてるし、実はもう寝たいんだが。


 だってもう午前二時だぞ? 丑三つ時だぞ? この二時から四時の間が一番幽霊とか出るって言われてる時間なんだが、そのことを伝えたらもう寝るってならないだろうか。……いや、サキの場合だと徹夜の意志が固くなってしまうか。一人で布団の中で震えてるサキなんて、さすがに見たくないしな。今日はとことん付き合ってやるとするか。


「よしサキ、そうと決まればとりあえず歯でも磨いておくか。ポテチ、もう無くなったしな」


「え? 寝ないんだしまだよくない?」


「よくない。どうせ日が昇って明るくなったら勝手に電池が切れて二人とも寝てしまいそうだからな。そんな時に歯を磨く余力は、多分残ってない」


「んぅ、それもそっかぁ。歯磨きせずに寝ちゃうのは確かに嫌だもんねぇ」


「そういうことだ。ほら、早く行くぞお」


「あ、でも待って。こんな時間に鏡の前で歯磨きなんて、ちょっと怖いかも……」


「けっ、ビビりめ」


 俺は小さくため息を吐きながらそう言うと、「じゃあ歯ブラシとってきて、キッチンの洗面台で磨くぞ」と伝え、しり込みするサキの腕を引っ張ったのだった。


◇◆◇◆


「……すぅ、すぅ……」


「で、何寝落ちしてるんだお前は」


 それは、ほんの一瞬の出来事だった。


 歯磨きが終わり、しばらくして。アリハンがひと段落つき、喉が渇いたので冷蔵庫に水を取りに行って帰ってきたら、こうなっていた。


 ソファーの上に小さく縮こまりながら寝息を立てているサキは、少し幸せそうな様子で目を閉じていて。寸前まで握っていたのであろうコントローラーは床の上に落ち、腕はだらんとソファーからはみ出て脱力していた。


「ったく、人の気も知らないで気持ちよさそうに寝やがって……」


「ん、にゅぅ……かじゅ、とぉ……」


 まあでも、これで俺も寝れるって考えたら悪い状況ではないか。このままソファーの上で寝かせておくわけにもいかないし、ゲーム片付けてとっととサキを部屋に運んでしまおう。


 俺はそうしてテレビの電源を切り、ソフトやらコントローラーやらを全て棚にしまって。サキの目の前まで移動すると、そのままゆっくりとその身体を持ち上げた。


「うぉ、軽っ!? え? コイツこの胸でこの軽さなのか……?」


 てっきりもっと重いと思っていたのだが、サキの身体は思っていたよりも遥かに軽い。まるで子供でも持ち上げているかのような感覚で、簡単にお姫様抱っこができてしまった。


「……すんっ。ん、きゅ」


「はは、また匂い嗅いでる。こうしてると赤ちゃんだな」


 くんくん、と小さく鼻を動かしながら俺の胸元に顔を寄せると、サキはシャツの匂いを嗅いで幸せそうに笑う。ああ、お父さんになるってこんな感じなんだな。案外悪くないじゃないか。


 と、そんなことを考えながらサキの部屋の前に着いた俺は片手で扉を開け、綺麗に整えられているベッドの上に、そっとそのか細い身体を置いた。


「ふぅ。とりあえずこれで、任務完了だな。……あ、そうだ。報酬がわりにこの可愛い寝顔、撮らせてもらおっ」


 我ながら良いこと思いついた、とズボンのポケットからスマホを取り出し、俺もベッドの上に膝をつきながら、サキの顔に画角を合わせてシャッターを切る。勿論、起こしてしまわないようにシャッター音は無くしてある。今日は頑張ったし、これくらいのご褒美が貰えてもいいだろう。


「……よし、こんなもんでいいかな。じゃあな、お休みサキ。良い夢見ろよ」


「んっ────」


「え? サキ……?」


 撮影に十分満足したので、このまま自室に帰ろう、とベッドから離れようとしたその時。俺の左腕のシャツの裾を、サキの手が握った。そっと振り替えると、その目はうっすらとではあるが開いていた。


 そして力のこもっていない声で、言う。




「行っちゃ、やだ……」


「さ、サキさん? 何言って────」


「かじゅとぉ。いっしょに、寝ようよぉ……」

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