第50話 繋がり
50話 繋がり
アカネさんと別れて、レンタカーを走らせて。夜の十時を回ろうかという頃に家に着いた俺たちは、ようやくひと段落といった感じでリビングのソファーに腰掛けていた。
「はぁ〜、なんか今日はめっちゃ疲れた。もうこのまま寝たいぃ」
「ダメだよ和人。ちゃんとお風呂入らなきゃ」
そう言って、サキは俺の手を握る。というか、ずっと握っている。アカネさんの家を出て、車に乗って、レンタカーを返しに行って、そこから家まで歩いて。その間、ずっと。
「あの、サキさん? そろそろ手を離してもらえるとすごく助かるのですが?」
「……ヤダ。このまま一緒に、お風呂入るの。今夜はずっと、一緒にいてくれるんでしょ……?」
「っ! お、おぅ……」
あらやだ俺の彼女、可愛すぎか? こんな大胆なことを言いながらも、しっかりと言い終わってから羞恥で顔を赤くして。こんなの、離れられないじゃないか。
「よし、風呂入るか!」
仕方ない。やはり今夜は、とことんサキに付きっきりでいるとしよう。
◇◆◇◆
ざばぁぁぁ。
「はふぅ……気持ちぃ……」
「あぁ、最高だ」
俺がまず先に入り、サキがその上に。ゆっくりと熱々のお湯に身体を浸すと、全身の力が緩んでいく。
入る前は早く布団に入りたいなんて考えていても、やはり一度入ってしまうと気持ちよくて。お風呂という文化を作った人は天才だなと、心からそう思う。
「はぁ、私も今日は疲れたよぉ」
「叫び疲れか?」
「だねぇ。アカネさん、いつも私を先に行かせるから……すごく、怖かった」
きゅっ。サキの腰回りに回している俺の腕が、小さくお湯の中で握られる。俺の腕やら手やらを握っていると落ち着くのだろうか? サキが寂しくなったり、何かに怯えていたりする時は、いつも自然とそのクセが出ているような気がする。
でも、そんな時の心の拠り所として俺を選んでくれているのだとしたら……それは凄く、嬉しいことだと思った。
「ったく、サキは本当に怖がりだな」
「むぅ。和人だって怖いの苦手なくせに」
「あれ、バレたか」
「だって和人、テレビでホラー映画の予告とかが流れたりした時、身体ビクッてしてるもん。私より怖がりなんじゃない?」
「予告が来るたび耳を塞いで画面から目を逸らしてる奴に言われたくないがな」
ただ白い、なんの変哲もない浴室の天井を眺めながら、二人でそんな他愛もない話を続ける。
俺達にとってはそんな時間が、とても心地よくて。ただ幸せを噛み締めていられる、かけがえのないもので。初めて一緒にお風呂に入った時はそうして二人でのぼせてしまったというのに、性懲りも無く今も、いつまでもこうしていたいと思ってしまっている。
「……ねぇ、和人」
「ん?」
「キス、してもいい……?」
「いい、けど。どうしたんだよ、急に」
「したくなったの。ただ、それだけ」
「……ん゛っ!」
ざぶん、と音を立てて身体を反転させたサキは、ぽよぽよと浮いている胸を俺の胸元に押し付けながら。俺の首元に手を回して、ゆっくりと唇を重ねた。
バスタオル一枚しか付けていない、もはや裸同然のサキとの、狭い密室でのキス。ほんの数秒の出来事であるそれは、俺にとってはとても長い時間に感じられた。
「ん、はぁ……なんだか、エッチなことしてるみたい。身体、熱い……」
「そりゃ、こんな暑い場所で密着してキスなんてしたら、な……。俺だって、変な気分になりそうだ」
「……変態」
「だ、誰のせいだ誰の!」
ふふっ、と甘く蕩けた顔でサキは微笑むと、もう一度顔が近づいてきて。また、唇を奪われていた。
「ん、ちゅぅ……むぁ……」
「サ、キ……ん゛むぅ!?」
それは、唇と唇が触れ合うだけのキスとは、全くの別物。完全に油断して緩み切っていた俺の口の中にサキの柔らかな舌が侵入してきて……舌同士が、ねっとりと絡み合った。
「かじゅ、とぉ。しゅきぃ……」
脳が弾けるような甘い香りと、全身を支配するかのような快感。くちゅ、くちゅと交換される唾液が音を立てて、やがて舌同士が離れると、それを拒むかのように糸を引いた。
「しちゃったね。エッチな、キス……」
「は、ぁ……っ、はぁっ……」
全身に残る快感の余韻が、俺を支配して離さない。一度知ってしまっては、もう……きっとただのキスでは、満足はできない。
それほどまでの中毒性が、そこには存在していた。
「いいのか、サキ。こんなの覚えさせて、どうなっても知らないぞ?」
「……いい、よ。覚えちゃったのは、私もだから。これからはエッチなキス、いっぱいしよ?」
「ふっ、変態め」
「和人ほどじゃないもん」
俺達は、付き合い始めてから随分と時間が経っている。
同棲までしているというのに、初めてのキスをしたのすら本当に最近で。普通の恋人関係であれば既に行なっているであろう過程が、抜けていた。
でも、だからだろうか。一度その道を歩み始めると、その足取りは思いの外早くて。まるで今までしてこなかったことを悔いるかのように、繰り返して。深く、深くと、更なる繋がりを求め続けている。
だから、もしかしたら……俺達が″更に一歩深い繋がり″を遂げる日も、案外近いのかもしれないと。そう、思った。
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