第8話 二人でスパルタ猛特訓
8話 二人でスパルタ猛特訓
次の配信までに、アヤカのユリオカートの実力をせめて人並みまで上げる。現状は並の初心者よりも下手くそなわけだが、俺と一緒に練習を積めば幾分かマシになるはずだ。
「さて、とりあえず今から特訓を始めるわけだが」
「うんっ!」
「お前、コントローラーは……?」
早速見つかった問題点の一つ目。それは、ズバリコントローラー問題だ。
ユリオカートを遊ぶためのゲーム機本体「青天堂Smitch」には、元々付属の本体から取り外して使える細いコントローラーが付いている。
それは子供がちょっと遊んだり、もしくは本体に付けたままテレビに接続せずに遊ぶ時に使うくらいならいい物なのだが、ユリオカートのような繊細な技術を用いるゲームには向いていない。
「え? ずっとこれ使ってたけど……」
俺はそのちゃっちいコントローラーを取り上げ、俺の私物の5000円くらいしたちゃんとしている物を渡した。最初のうちは操作性の変化に慣れないかもしれないが、慣れてしまえばもうこのちっこいのには戻れない。そこは経験あるのみだ。
「よし、そのコントローラーはあげるからそっちでやってみろ。それだけでもだいぶ変わるぞ」
「え? いいの? これ、和人の……」
「気にするなって。今度おんなじのもう一個買ってくるからさ」
「……ありがと」
きゅっ、と大切そうに俺から貰ったコントローラーを握るその姿は、とても愛らしい。心なしか頰も綻んでいるし、こんな物一つでここまで喜んでくれるなんて可愛いがすぎる。
「じゃあ、早速やるぞ。アヤカ、俺が1Pになるからお前は2Pで……」
「あ、和人待って……その……私はサキ、だよ。私たちの二人きりの時間にアヤカが入ってくるのはなんか……ヤダな」
「え? あ、あぁ。すまん……」
配信が終わってからもまだ少しアヤカの余韻が残っている姿を見ていたせいか、俺はついサキの事を無意識にアヤカと呼んでしまっていた。
アヤカもサキも同一人物で同じように見えるが、サキにとってはアヤカはただのアバター。俺がその名前を呼ぶことで、嫉妬してしまったのだろう。
「分かってくれればいいの。……和人は、私だけの彼氏なんだからっ。誰にも、渡さないもん」
「っ……!!」
な、なんだその発言。可愛すぎか……?
俺はドクンドクンと速く、激しくなる心臓の鼓動を抑えつけるように、己の精神を律して視線をテレビ画面へと戻した。
これ以上サキと目を合わせると……色々と、危ない。
「さ、さぁ今度こそやるぞ! 俺はスパルタでいくからな!!」
「っ、そ、そそそそうだね! よぉーし! 私頑張るよー!!」
お互いに赤面しながら大きな声で。照れ隠しをするようにユリオカート特訓は始まった。
◇◆◇◆
「あ、あぁっ!? 今和人わざとぶつかってきた!! 彼女を崖から突き落とすなんてそれでも彼氏なの!?」
「これはゲームだからいいんですぅ!! 大体キノピヨとかいう体幹皆無な軽量級キャラ使ってるサキが悪いんだよぉ!!」
開始から一時間。俺はとにかくひたすらに害悪プレイヤーのプレイングを繰り返し、サキを虐めまくった。
常にサキの後ろを追い回し、殺し屋魚雷で吹き飛ばし、重量級キャラで体当たりしてコースアウトさせたり、こうらで永遠にスナイプを続けたり。
だが勘違いしないで欲しい。これは決して俺がサキを楽しくて虐めているのではなく、あくまで練習の一環だ。
アヤカのような人気配信者にもなれば、必ずリスナーの中にマッチングでスナイプしてくる者が一人は現れる。ソイツが煽りプレイやラフプレイをしてきたときに負けないようにする練習なのだ。
そう、これは仕方のないこと。いわば合法的虐めなのである!
「……和人のいじわる。絶対私のこと虐めて楽しんでるでしょ」
「そ、そんなことはないぞ? 俺はお前のためを思ってだな……」
「じゃあ、なんでさっきから目を合わせてくれないの?」
「……」
チラッ。サキの方に目線をやると、小さな顔はぷくりとフグのように膨らみ、ジト目が俺を見つめていた。流石にちょっと虐めすぎたか……。
「分かった分かった。まあサキもそれなりには走れるようになってきたみたいだしな。そろそろ、勝つための戦術を伝授しようじゃないか」
「む……本当にぃ?」
「ああ。ほんとほんと。次のレースからしばらくの間俺は参加しないから、CPU相手に俺の言う通り立ち回ってみてくれ。きっとさっきまでの虐めを受けた後なら、かなり走りやすく感じるはずだ」
これまでの数時間の連続レースで、サキは妨害される感覚、そしてそれを避けるための感覚を薄らと知覚し始めている。
実際サキのことをあそこまで本気で潰しに来るプレイヤーとマッチングすることはほぼ無い。ずっと自分だけをマークしてくる相手が居なくなっただけでも、相当気楽に走ることができるだろう。
……まあ正直、こんなのは俺がサキを虐めて少し、ほんの少しだけ楽しんでしまったことへの、言い訳の後付け理論感があることは否めないが。
「分かった。ちゃんと、色々教えてよね……」
ここからは本気の技術向上のみに当てる時間。俺の持っている全ての知識を総動員して、サキを隣からサポートしてやるとしよう。
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