第7話 ユリオカート配信2

7話 ユリオカート配信2



『うぉぉぉぉっっ!!!』


 コースアウト。


『はっ、はぉっ!?』


 コースアウト。


『う、ぅぅ……ぅぅぅ……っ』


 敵に吹き飛ばされてコースアウト。


 僅か半周の間の短い天下は一瞬で終わりを遂げ、三周目に入った時には既に八位まで下落。結局それからもその最後の一周でアイテムの引きの弱さと圧倒的レーシングスキルの無さから、圧倒的最下位でゴールすることとなった。


『なんで……なんでよぉ……』


 技術が無いのをオートで身を任せられるアイテムでカバーすると言う発想までは良かったが、ユリオカートはそれだけで一位になれるほど甘いゲームではない。


 アイテムはあくまで下位のプレイヤーが離された差を縮めるためのものであり、それだけで首位がキープできる訳がないのだ。


 事実さっきアヤカちゃんが使っていた殺し屋魚雷も相当下位の……それこそ本当に最下位でしか出ないようなレアアイテム。一位のアヤカちゃんが引けるアイテムなんて、せいぜい一度こうらから身を守れる防御アイテムだけなものだ。


『今日は絶対勝てるって思ってたのに……リスナーさん達に教えてもらった、必勝法だったのにぃ!!』


 バンッ、バンッ、バンッ。アヤカちゃんの台パンする音が響く。きっと本人は本気で悔しがっているのだと思うが、コメント欄は無慈悲にも


:アヤ虐助かる


:それでこそアヤカ


 というアヤカちゃんの敗北をむしろ喜ぶ者がほとんど。まあ、ポンコツなところもアヤカちゃんの魅力なのだから仕方ない。もはやいつも通りの光景だ。


『絶対、この配信中に一回は一位取るから! 練習だって、いっぱいしてるんだもん!!』


 切り替え切り替え、と再びマッチングを開始し、レースに挑むアヤカちゃん。


 その後彼女が八位以上を取ることは、一度も無かった。


◇◆◇◆


『……もぅ、終わります。ご視聴、ありがとうございました……』


 完全に落ち込んだ様子のアヤカちゃんの悲しい声と共に、ユリオカート配信は終了した。


 ちなみにレートは1890から1914へ。このゲームは最下位位であったとしてもお情け程度に少しだけポイントが入るので、彼女のような下手くそでもずっとやっていればレートは上がっていくのだ。


 まあ、そのせいで同じレート帯のプレイヤーとマッチングしても自分だけが格下、なんて事案も幾度となく起こるゲームでもあるわけだが。


 アヤカちゃんなんて、まさにそれだろう。1800なんてレートの中ではかなり低い……いわば「少しゲームが得意な中学生」くらいのものだが、それでも彼女が相手にするには壁として高すぎる。


 裏でどれくらい練習しているかは知らないが、少なくとも実力だけ見れば小学生にギリギリ勝てるかどうか、といったくらいなのだから。


「って、配信終わったわけだしそろそろサキ呼びに行ってもいいのか? 腹減ったし何か作ってもらいたい……」


 現在の時刻は午後七時。ちょうど、いつもなら夜ご飯を食べているであろう時間帯だ。


 本当なら配信で疲れているであろうサキの代わりに俺が美味い飯の一つでも作ってやりたいものだが、俺の料理スキルは皆無。とてもじゃないが人に振る舞える腕前ではない。


「サキー? お疲れのところ悪いんだけど、ご飯を……っぉ!?」


 そっとサキの部屋の扉を開けてそう呼びかけると、中から突然飛び出してきた彼女に抱きつかれ、俺は思わず壁に寄りかかる。


「ど、どうした? って……なんだ!?」


「っぅぅぅ! かずとぉ!! ぐやじぃよぉぉぉ!!!」


 きっと、先ほどのユリオカート配信のことだろう。たしかに配信中も悔しそうにはしていたが、まさかここまでだとは……


「最後の奴、私のこと煽ったぁ!! なんで最下位の私のことゴールの前でずっと待ってるのおぉぉ!!!」


「お、おぉ。落ち着け落ち着け」


 ぽんぽん、と背中を軽く叩いてから摩ってやると、サキは俺の服にしがみつきながら胸に顔を埋める。あれ? なんかこの光景昼にも見たな?


「みんな、私のことイジめて楽しんでるんだぁ!! 弱いものイジメなんて、しちゃダメなのにぃぃ!!」


 目尻に涙を浮かべて、半泣きになりながら。いつもの大人しいサキとは打って変わって正直な感情を全て俺に打ち明け、ポカポカと弱い拳で攻撃を繰り返す。


 まだ柊アヤカとしての配信モードが抜けていないのか。姿形はサキでも、その仕草や言葉遣いはアヤカちゃん寄りだ。


「いっぱい……いっぱい練習したのに。なんで、上手になれないのぉ……」


「サ、サキ……」


 これが、配信を終えた後のVtuberの実態だ。


 配信中はどれだけコメントで馬鹿にされて揶揄われても笑っているが、いざ一人になると、後からフィードバックするように感情が昂ってしまうのだろう。


 なら、俺はファンとして。そして、彼氏として。裏からしっかりと支えてやるべきだ。俺にだけしかできないことが、きっとある。


「よし、俺に任せろ。サキ、いや……アヤカ。俺がお前を鍛えてやる!」


「ひっぅ……ほんとぉ?」


「ああ! うんと上手くなって、リスナーを驚かせてやろうぜ!!」


「……うんっ! 和人、ありがと……っ!!」



 気づけば夜ご飯のことなどとうに忘れ、俺の頭の中はもう、いかにしてアヤカを強くしてやるか。そのことで埋め尽くされていた。

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