ツアー・オブ・ジャパン(プロ九年目)
伊豆ステージ(その一)
シーズンが始まる頃には、ソラは本当にレースに出れる位の身体と力を取り戻してきていた。
三月からはレースに出場し、ダイチの後ろに付いて、レース負荷にも少しずつ適応していく事が出来た。ダイチと一緒にレースを走れる事は大きな喜びで、その事がソラの身体をグッと改善させていた。
この年、ミヤビズーランドは五月に行われるTOJに出場する事が決まっていて、ダイチとソラはそのメンバーに選ばれた。
一チーム六名。ミヤビは日本選手の総合優勝を目指してメンバーを組んだ。エースはアラハで、選手は日本人四名、フランス人二名だ。
チームの大まかな戦略はこんな感じだ。ダイチとソラは前半から積極的に逃げに乗り、場合によってはステージを狙う事、他の四名はなるべく固まって走り、アラハの援護をする事が大まかな役割だが、アラハの総合優勝が一番重要な目標である。
この年は八日間、八ステージの設定。
大阪、京都、三重、岐阜、長野、静岡、東京のステージを走る。
招待チームの中にツール・ド・フランスの常連であるフランスのプロチームが含まれていて、エースのジャンが優勝候補筆頭だ。
アラハは京都でステージ優勝を飾り、総合トップのグリーンジャージを獲得してチームオーナーの高松を喜ばせた。
ツール・ド・フランスのリーダージャージがイエローなのに対し、TOJのそれはグリーンである。
ミヤビズーランドは善戦し、グリーンジャージを守っていたが、六日目の富士山ステージで優勝候補のジャンが本領を発揮し、グリーンジャージを獲得した。これは予想していた事ではあるが、総合二位になったアラハとのタイム差は一分。ジャンの実力からして逆転はかなり厳しい状況だ。
東京ステージは平坦で、ミヤビにとっては分が悪く、チャンスがあるとすれば、翌日の伊豆ステージのみだ。
そしてダイチとソラにとっても目指してきた夢の実現はその伊豆ステージがラストチャンスとなる。
伊豆ステージはセンター内にある五キロサーキットを中心に、外周の管理用道路を組み合わせた一周十二キロのコースを十周する百二十キロのレース。平坦路が殆ど無く、アップダウンの激しい厳しいコースだ。
五月晴れの絶好の天気に恵まれたこの日、ウォーミングアップを終えて、サーキットに入ってきたソラは、観客の多さに驚いていた。初日の大阪から、たくさんの人が沿道で応援してくれていて感激していたが、この日は土曜日という事もあるのだろう。これからコンサートでも始まるの? と思う位に人が入っている。ソラが日本でレースを走るのは高校生の時以来だが、高校生の時は観客なんて全然いなくて、記録会をやってるみたいな感じだった。
あの頃とは比べ物にならないほど、日本のサイクルスポーツは人気スポーツになっている。
「ダイチの走る姿を再び見る事が出来る、京都で優勝したアラハの走りが見たい、まだ復活途上であるものの、テレビでしか見た事のないソラの走りを見てみたい」と、世界を舞台に戦っているミヤビズーランドを応援している沢山の人々が会場に足を運んでいた。
自分達の故郷、日本でこんなに大勢の人達の前で走れる事に、ダイチもソラも大きな喜びを感じていた。
十時のスタート時刻が近づくにつれて、気温も上昇し、過酷なレースが予想された。
大阪を九十六名でスタートした選手達だが、この日スタートラインに並んだのは八十名。
厳しい戦いの火蓋が切られた。
一周めから、ソラは積極的に動いた。ダイチはソラの動きと周りの反応を見ながら、ソラと一緒に動いた五人の逃げが決まった。
「よし! プラン通りだ!」
総合争いからは既に八分以上遅れている選手達の逃げは容認された。今のダイチとソラは、集団が恐れる選手ではない。逃げの選手達は泳がされているに過ぎない。
しかし、ダイチとソラは逃げ切りに懸けている。チーム員達は集団を引く必要がなくなるので足を温存出来、アラハにとってもこの逃げは有利になる。
ダイチとソラは逃げ切る為のレースプランをしっかりと組み立てながら、走っていた。集団とのタイム差が三分になる迄は、ソラは積極的に前を引いた。五人でローテーションしながらも、ダイチは出来るだけ足を温存して走っている。
ソラは「夢みたいだな」と思っていた。中学生、高校生だった時にテレビでずっと観てきたダイチさんの走り。少し線は細くなったが、ダイチさんの背中を見ながら「これこれ! これがダイチさんの走り」と思いながら、夢の実現に向かって進む。
集団は逃げ集団とのタイム差を見ながらレースを動かしてくる。ダイチは集団とのタイム差を見ながら、集団の心理の裏をかくようにレースメイクしていった。
一緒に逃げている三人は、いずれも日本選手で、彼らにとってはダイチもソラもリスペクトしているスター選手だ。二人と一緒に逃げている彼らのモチベーションは非常に高く、五人は上手く協調して逃げ続けた。ダイチとソラは、ソラの怪我後、最強の自分を作り上げてここに挑んでいる。そしてダイチがこの集団をしっかりとコントロールしている。
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