大怪我
目が覚めると、ダイチが座っていた。ダイチも気づいて「おっ」と言って立ち上がった。
ソラは何か言おうとしたが酸素マスクが付いていて何も言えず、ちょっと目配せをした。
「手術は成功したよ。もう大丈夫だ。何も心配しなくていい」
ダイチの優しい声に少しホッとした。クラクラしてまた目を閉じた。
暫くして、ドクターが様子を見に来て、酸素マスクを外した。
「具合はどうだい? 身体は痛むかい?」
ソラは口が乾いて、
「先生、ありがとうございました。我慢出来る位」
それだけ言うのが精一杯で、再び目を閉じた。
ドクターは点滴を調整して「後でまた話をしに来るから、もう少し休んでいなさい」とソラに言い、ダイチに向かって「何かあったらナースコールを押して下さい」と言って出ていった。
次に目を覚ましたかと思うと、ソラはまた、か弱い声を出した。
「アラハは? アラハは大丈夫?」
こんな状態なのに、アラハかよ。ダイチは泣きそうになった。
「お前な〜。ああ、アラハは大丈夫だ」
ダイチがそう言うと、ソラは「良かった」と言って、目を閉じた。
ソラは眠りに落ちたり、少し覚めたりを繰り返している。
「ごめんなさい。みんなに支えてもらって、ここまできたのに、また全部壊しちゃった」
ダイチが「心配するな」と言った。
病院に運ばれたソラは緊急手術を要した。半年前に手術した同じ箇所をやられていた。脊髄の損傷は免れていたが、かなりの重傷で、手術は成功したがレース復帰は厳しいとドクターはダイチに告げていた。ソラはまだ何も知らない。
「オレ、頑張るから。時間は掛かっても、必ず復帰するから」
そう言うとまた目を閉じた。
麻酔がまだ完全に覚めていなくて、すぐに眠りに落ちてしまう中で、ソラは懸命に話そうとしている。
「ダイチさんはこんな所にいて大丈夫なの? まだレースは続いているのに」
「ああ、お前は何も心配しなくていいって」
ソラは人の事ばかり心配している。
暫くすると、ソラの言葉もしっかりしてきて、こんな事を言ってきた。アラハが悪者にされては困ると思って必死だった。
「きっとみんなが心配してるから、伝えてほしいんだ。オレは大丈夫だって。
二人のミスだった。テンションが上がって飛ばし過ぎていた。たまたまアラハが先頭だった時の落車だったけど、二人の責任なんだ。
オレは大丈夫だから、また時間は掛かっちゃうだろけど必ず復帰するから見守っていてほしい、って」
ダイチは涙が止まらない。
「わかった、わかった。ちゃんと伝えるから。お前が泣かないから、オレの涙が止まらないじゃないか。泣き虫を人に移すなよ」
そう言って無理矢理笑顔を作った。
もうすぐドクターが話をしにやってくる。ソラのショックは計り知れない。泣くだろうな。オレは何て言ってやればいいんだろう。「ソラなら復帰出来る」なんて簡単には言えないしな。
ダイチは考えていた。
三十分程経った頃であろうか、ドクターが話をしにやってきた。
「麻酔は覚めたかな? 少しだけ話を聞けるかな?」
そう言って、ダイチに話した事をそのままソラに話していた。ソラは表情を崩す事なく聞いていた。最後に「ありがとうございました」と言った。
その無表情な顔を見てダイチは返って心配になった。
二人きりになると、ソラの方から話してきた。
「分かってたから。何となくそう言われると思ってたから。でもね、オレは諦めない。石山先生なら治してくれると思うんです。早く日本に帰りたい」
「そうだな」
ダイチはそれしか言えなかった。
「アラハの状態は?」
またアラハの事を聞いてくる。気になって仕方ないんだろうな。
そう思ってダイチはちゃんと話す事にした。
「鎖骨がポッキリ。でも単純な折れ方だから明日手術して、回復も早いだろう。擦過傷はだいぶ酷いかな。あと、落車のショックが大きかったんだろうな。言葉が出ないんだ。もともと無口だけど、今は話たい事があっても声にならない。まあ、医者もすぐ戻るだろうって言ってるし、心配は要らなそうだ。
大丈夫だから、ソラは自分の回復に全力を注げ。そんなに喋って、疲れるからもう休め。オレもそろそろ行かなきゃならないし。日曜日、レースが終わったらまた様子見に来るから、ちゃんと大人しくしてろよ」
ダイチが出ていくと静寂が訪れ、ソラは一人取り残された子供のように泣いた。涙をコントロールする事が出来るようになったと思っていたけれど、やっぱりそんなのは無理だった。
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