初めての海外レース
深井は八月に三週間、三人のジュニア選手をフランスに連れていった。ローカルのワンデーレースを二回と最後に四日間のステージレースを走らせる事にした。
最初のレースを終えて、深井は嬉しい悲鳴を上げていた。
三人のジュニア選手は国内トップクラスの三人で実力も互角と見ていたが、このレースではソラの力が飛び抜けていた。他の二人が海外レースの経験が何回かあるのに対し、ソラはこれが海外初レースだったが、物おじする事なくレースを戦っていた。入賞こそ出来なかったが深井はソラに大きな可能性を見出した。レース後、驚きの表情を見せる深井にソラは言った。
「僕には三年間の海外レース経験があるから。僕にはずっと見てきたダイチさんの経験があるんです」と。
タダモノじゃないと感じた深井はすぐにダイチに連絡を入れた。
ダイチはスケジュールを合わせ、彼らが最後に走るステージレースに同行し、深井の運転するサポートカーの助手席に乗って手伝う事になった。
二つ目のレースはソラが得意なレイアウトでは無かったので、目立った動きは出来なかったが、きちんとレースの流れに乗り、他のニ人より上位でゴールしていた。
四日間のステージレースは、ジュニアのレースとしては名の知れたハイレベルなレースで、ヨーロッパ各国から将来を期待されている選手が集まってきていた。ここでいい走りをすればプロチーム入りも夢ではない。
ソラはこのレースにダイチが同行すると聞いて、嬉しくてたまらなかった。
ステージレース前日、現地入りしたダイチに、深井は三人の選手を紹介した。
ダイチはソラを見て、「え?」と思った。抱いていたイメージと随分違っていた。今どきの高校生っぽくて全然強そうに見えない。はにかんだ可愛らしい表情でこっちを見ている。あのメッセージのハートが思い浮かんで笑いそうになった。しかしダイチはキラキラと輝くソラの目に、惹きつけられる何かを感じていた。
三日間、ソラは善戦していた。集団に付いていくには問題無いし、上りではトップクラスにもかなり付いていけてる。しかし、勝負に絡むにはまだまだパワーが足りない。それでも深井とダイチは予想以上に走るソラに満足気だった。
最終日はソラが最も得意とする山岳コースだ。平地が殆ど無く、小さなアップダウンを繰り返し、三つの大きな山を越える百キロのレース。
前夜のミーティングで深井が言った。
「明日はこの遠征で最後のレースだ。世界のジュニアの強豪選手達と走れるチャンスは多くない。明日は君達がテレビでしか見た事のないツールでも使われているコースを走れるんだ。今ここを走れる事を大切に考えてほしい。オレは敢えて君らに作戦を与えない。個人個人が何を求めてどういうレースをしたいかをよく考えて、しっかりと作戦を立てて走ってくれ。何を求めるかは自由だ。オレは完走しろとも、少しでも上位でゴールしろとも言わないから、それを求めても求めなくてもいい。自分が立てた作戦を明日のレースで表現してほしい」
三人の選手は声を揃えて「はい!」と言った。ソラの目はとびきり輝いていた。
やりたい事は既に決まっている。順位を求められたら、ペース配分を考えたり、競う相手を見極めたり、色々と頭を使って走らなければならない。でも明日は自由に走れる。テレビで見ながら、こんな所を思い切り走りたいとずっと思っていた。それが明日、出来るんだ!
ミーティングを終えてからダイチが深井に尋ねた。
「彼らはどれ位の位置で走れると思いますか?」
深井は「ああ」と言って腰を下ろした。
「ソラ以外は完走出来れば
「そうですね。自分も同じです。日本選手のレースをワクワクした気持ちで見るなんで初めてかもしれない」
ダイチの目も輝いていた。
そして翌日の最終ステージで、深井とダイチは度肝を抜かれる事となる。
ソラはスタートから前方の位置で走り続けていた。三つの山のうちの一つ目の山に入るとソラは時々先頭にも踊り出た。百五十人程でスタートした集団は二つ目の山の中腹で既にニ十人程になっていた。ジャパンチームで残っているのはソラだけだ。ソラが先頭集団に入っているのでチームカーも前の方に上がる事が出来た。それ迄は深井とダイチは無線による情報しか聞けなかったが、ソラの走りが見えるようになった。
「おー」
二人は感嘆の声を漏らした。今迄見た事がないようなソラがそこにいる。
「カッケーな、あいつ」
ダイチが呟いた。
ペースが上がっている集団の中で、さらにアタックをかけていく選手を懸命に追いかけている。躍動感に満ちた飛ぶような走りだ。
六名が抜け出し、ソラは必死に食らい付いていたが、流石に頂上手前で遅れてしまい、先頭集団から十秒程遅れて山頂を越えた。
ここからは下りだ。ソラはレーススピードでこんな山を下った経験は無い。
深井とダイチは「ここまでだな、充分だ」と思っていた。
しかし、ソラのダウンヒルはキレキレだった。あっという間に先頭集団に合流し、六名で最後の山に突入した。最後の山は八キロある。麓からスピードは速かった。ソラはもう限界なのか? 最後尾にかろうじて食らい付いている。
何度も千切れそうになりながら必死に付いていく姿に二人は熱くなった。
残り三キロ地点。ソラの足が突然止まった。急激なスピードダウン。ヨロヨロと蛇行して道路脇でペダルを外すとそこに倒れ込んでしまった。
深井が慌ててコースサイドに車を止め、ダイチが車から飛び降りてソラの元に走り寄った。
「ソラ!」
その声を聞いて、ソラはびっくりして上体をガバッと起こした。
「僕をダイチさんのチームに入れて下さい! 最後迄持たなかったけど、最高に楽しかった!」
現実味を帯びた言葉だった。
ソラはそう言うと、笑いながら失神してしまった。何て奴だ‥‥‥
高校卒業後、ソラは晴れてダイチのチーム「シアンエルー」に加入する事が出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます