リスペクト
風羽
謎の後継者
ダイチの引退
テレビ画面を睨みつけていた少年の目からは止めどなく涙が溢れていた。その涙を少年は拭おうともしない。
ツール・ド・フランス最終日、パリシャンゼリゼ通りを一つの塊となって選手達はゴールし、三週間に渡る熱戦の幕を閉じた。
最終ステージの勝者、総合優勝の証である黄色に光り輝く「マイヨ・ジョーヌ」を着用した勝者が、多くの選手や報道陣に取り囲まれ祝福を受けている。
カメラが一人の日本人選手を捕らえた。チーム員とスタッフが彼を取り囲んでいるだけでなく、何人もの選手やスタッフが彼の肩を叩き、握手を求め、ハグをして立ち去っていく。本当に多くの選手や関係者にリスペクトされている選手なんだと改めて思う。
このレースを最後に選手を引退するダイチさんの顔は晴れ晴れとしていた。四十歳。グランツール(※)には二十回出場し、アシスト選手の要として仕事をしながら、その全てのレースを完走した。今回もチームのエースであるプティの総合ニ位の立役者の一人となった。
ダイチさんは自分の勝利を犠牲にしてエースを献身的にアシスト出来る代表的な選手の一人だ。自分の為に走る事が出来たなら、グランツールでもステージ優勝する事が出来ただろう。日本のファンは皆んな彼のステージ優勝を夢見ていた。僕もその一人で、ダイチさんが選手である間に、僕がアシスト選手になって彼を勝たせたいと思っていた。
だが、もうその夢は叶わない物となってしまった。けれど、ステージ優勝よりも、もっと尊いものを僕は学んでいた。
もうあの走りを見る事は出来ないのか、一緒に走りたかったな、という思い、自分達に見せてもらってきた物、残してくれた物への感謝の気持ち、心からお疲れ様でしたという思いが涙となって溢れ出ていた。ダイチさんは少しも涙など見せていないのに、いや、いないから(?)僕の涙は止まらない。
そんな気持ちを少しでも伝えたくて、ぶつけたい思いをどうする事も出来ず、ダイチさんのフェイスブックページにメッセージを送る事にした。
その日の夜、こんなメッセージを受け取った
【突然のメッセージお許し下さい。
心より「お疲れ様でした」
そして「ありがとうございました」
最後のツール、感動しました。
ずっとテレビで観てました。中学三年の時、初めて観たツールで、たった一人の日本選手が走ってて感動しました。あれからずっと、三年間テレビでダイチさんを追いかけて観てました。
アシストに徹するダイチさんを、いつか僕がアシストしてステージ優勝に導くんだと決めて、高校で自転車部に入って猛練習した。けど、中々強くなれなくて、三年生になった今、ようやくナショナルチーム入り出来たんです。
さあ、これからって時に辞めちゃうなんてズルいよ。ステージ一回も取らずに辞めちゃうなんて。
だけど、僕はステージ優勝より尊い物をダイチさんから学びました。
ダイチさん、選手辞めるけどチームのスタッフになるんですよね?
僕をチームに入れて下さい。
ダイチさんをずっと観てきたから、アシストのやり方は分かってます。チームのエースのプティの特性も、チーム員の特性も皆んな知ってます。ダイチさんを引き継いで僕が彼らをアシスト出来るように頑張るから。そして、何年かかけてツールのステージ優勝、そして山岳王になれるように頑張るから。
宜しくお願いします。
あ、酷使してきた身体、どうかゆっくり休んで下さい。
高校三年
※グランツール:およそ三週間に渡って行われる世界最大の三つのステージレース(ジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランス、ブエルタ・ア・エスパーニャ)の総称
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