第3話
まりあと宮内が遺体の前で話し合っているところへ、ゆっくりとした足取りで近づいてくる男性の姿があった。村民たちからかけられるお悔やみの言葉にひとつひとつに応じるその男は、どこか遺体――加々村一郎太に似た顔をしていた。
「愚息はこちらですか」
「あなたは、加々村一郎太さんのご親族ですかな?」
「はい。父の正蔵です」
「これはこれは。この度はご愁傷様です。私はこの村の宿にお世話になっております宮内と申します。青年部の方から頼まれて現場検証に立ち会っております」
「それは、ご面倒をおかけします」
深々と頭を下げる加々村正蔵は表情に精彩を欠いていた。
息子を亡くしたのだから無理からぬことではある。
「加々村さん、二、三伺ってもよろしいですかな?」
「私にお答えできることであれば」
「息子さんとは同居されていたので?」
「いいえ。一朗太は村を出て仕事に就いておりました。ちょうど帰省してきておったのです」
「息子さんは、お仕事は何を」
「不動産関係と聞いています」
「この時期に帰ってきたのはお祭りに参加するためですかな?」
宮内の問いにすらすらと答えていた正蔵は言葉を詰まらせた。
僅かな間があり、苦いものを吐きだすような表情で正蔵は答えた。
「……どうでしょうか。村を離れて久しい息子が行事の日程を把握していたとは思えませんが」
「そうですか。ちなみにこれは形式的な質問なのですが、昨夜から今朝までどこで何をしていらっしゃいましたか?」
「それは」
正蔵が掠れ声を詰まらせたのを見て、宮内はわざと明るい調子で補足をした。
「形式的な質問ですのでどうかお気を悪くなさいませんように」
だが、
「殺人事件だと仰るんですか!?」
傍らで黙って聞いていた駐在が大声をあげ、その声は野次馬にも聞こえてしまった。ざわざわと騒がしくなる周囲をよそに、宮内はやんわりとした笑みを返してから、小さな、しかしよく通る声で言った。
「予断はできませんな。事件・事故両方の可能性があります」
「……先程のご質問ですが、私は昨夜は家におりました」
「そうですか。ありがとうございます」
「息子の遺体はどうなりますでしょうか……?」
「鑑識が来るまでは現状保管をさせて頂きたいところですな」
と、宮内が言った時だった。
「そりゃあ困るがなぁ!」
野次馬の中から怒声が飛んできた。
宮内は周囲を見回しながら、まりあの肩に手をやった。
「
「なんとかしてもらえんもんかなあ」
「大事な祭りができんのは困るからのう」
口々に叫びながら野次馬はじり、と一歩近づいてきた。徐々に声は大きく、訛りは強くなり、いよいよ何を言っているかもわからなくなってくる。周囲に満ちる不満と主張は場の空気を張り詰めさせていく。きっかけひとつで爆発しかねないほどだ。
宮内は大袈裟な身振りと共に吐息した。
「仕方ありませんな。駐在さん、遺体を安置できるところに動かしてください」
「よ、よろしいんですか?」
よろしくはない。
が、宮内は場の空気を察し、身の安全を優先することを決めた。
「写真はきちんと残しておいてくださいね」
「はっ、はい!」
宮内の宣言で、緊張した雰囲気は霧散していた。
村人たちは一様に安堵を口にする。
「よかったわ」
「これで祭りが滞りなくできるわい」
「年に一度のことじゃからなあ」
「えかったえかった」
宮内に肩を抱かれながら、まりあは冷ややかな目で村人たちを眺めていた。
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