虹の麓を探しに


「虹だぁー! ほら早く! 麓を探しに行くよ!」


「馬鹿、危ないだろ。追うのは良いけど車とか段差とかには気を付けろよ」


「むぅー分かってるってばー。相変わらず心配性なんだからー」


「分かってるのなら行動に移して欲しいな」


 彼女と付き合い始めてはや1ヶ月。

 依然として彼女の奔放さに振り回され続ける日々だが、それなりに楽しんでいた。

 丁度今日で梅雨が明け、彼女と虹の麓を探すという名目のピクニックに来ている。

 作ったお弁当も既になくなり、木陰に差す太陽光でうつらうつらと船を漕いでいたのだが、彼女はずっと走り回っていた。

 蝶々を追いかけたり、花を摘んでみたり。

 昔と変わらない無邪気な彼女を見ていると、不思議と疲れが解れていく。

 それは微笑ましいことなのだが、危なっかしくて仕方ない。

 ほらまた彼女が転んだ。

 そんな彼女を保護者のような気持ちで見守る僕は傍から見れば、連れ回されて疲れ果てている彼氏、といったところか。

 いや実際そうなのだけども。

 なんて考えていると彼女が走り寄って来た。


「じゃーん! これ君にあげるよ!」


 と言って渡して来たのは可愛らしい花冠かかん

 彼女は知ってか知らないでか、シロツメクサの花冠を渡して来た。

 シロツメクサの花冠の花言葉は「私を忘れないで」だ。

 少し脅迫性のある言葉だが、ある意味嬉しい。


「ありがたく頂くよ。必死であちこち走り回ってたのはこれを作るためだったんだな」


「そうだよ〜」


 そう言って受け取った花冠を彼女の頭に乗せる。


「でもこれは僕より、可愛い華が乗せた方が似合うよ」


 なんて歯痒い台詞を言ってみる。

 すると予報通り彼女は顔を赤らめて、


「えへへーそうかな?」


 と笑った。

 謙遜しないのは、心を開いてくれている証拠だ。


「そうだよ、きっと」


 そう呟いて、暮れ始めた茜色の空を見上げれば、烏が群れをなして住処に帰っていくところだった。


「そろそろ帰ろうか。あまり遅くなると怒られちゃうし」


 そう言ったが、彼女からの返事はない。

 どうしたのだろうと彼女の方を向けば、元いた場所に彼女はおらず、少し向こうで転んでいた。

 相変わらず元気な人だ。


「おーいそろそろ帰るぞー」


「はーい」


 そうして帰り支度をした後、僕らは余韻を味わうようにゆっくりと歩き始めた。


「今日も楽しかったなー。君といるとなんでも楽しくなっちゃう」


「へぇそんなこと言われたのは初めてだよ。僕の方こそ華が燥いでいるのをみると楽しくなるよ」


「なにそれー」


「分からないなー」


 元気な彼女と、静かな僕と。

 一見凸凹しているように見えるけど、うまく天秤のバランスは取れていて。

 性格が違うからこそ会話が途切れないし、すぐに笑いが生まれる。

 ずっとこのまま、微笑ましい日々が続いていくるだろうな。

 時々喧嘩したり、いざこざがあったりするのだろうけど、それも全部含めて愛してやろう。

 そう思いながら彼女の手を取り


「急ごうか。もう暗くなってきた」


 と、歩調を速める。


「そうだね。今日は本当にありがとう。楽しかったよ」


「それは良かった。また今度どこか行こうな」


「うん!」


 元気のいい返事に苦笑しつつ、次に行く場所を話し合いながら僕らは帰路についた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る