第118話 阿蘇竜との契約

「ところで、あの緑の竜はしのぶちゃんにばかり突っかかってるけどなんでこっちに文句言いにこないの?」


このラピュタの道に住んでる緑の龍は私には目もくれず、しのぶちゃんにばかり文句を言っているので、私は岩陰に隠れてその様子を観察していた。

いや、私には特に何もできないし。


半泣きになりながら、しのぶちゃんは竜に対して色々と言い訳をしては怒られているみたいで、ちょっとかわいそうになってくる。

ここで私が出ていくと、余計話がこじれると佐藤君に言われ

「頑張れ、しのぶちゃん!」

と心の中で応援だけしておくことにした。


私の問いに佐藤君は


「さくらさんは僕を通じて見ているでしょう。だからあのレベルの竜からするとさくらさんが自分を認識しているとは思っていないんですよ」


「そういうものなの?佐藤君いるじゃない」


「僕は契約者ですけど精霊ですから、彼らからしたら「その辺にいる」やつにしか思われてません」


「でも、鹿児島の龍とか種子島の竜とかすぐよってきたじゃない」


「あれは、僕がそうなるようにしたからです。もともと顔見知りでしたから。

だから、これから阿蘇山の龍と契約をしましょう。彼女とは僕も顔見知りですから大丈夫です」


「どうやって?」


「呼ぶときてくれますよ、錦江湾でもそうだったでしょう?」


「そんな、勝手に呼んでいいの?」


「錦江湾でもやったでしょう」


ということで、佐藤君が阿蘇山の竜に対して手の動きと言葉のような呪文のようなものを組み合わせて、神楽のような動きで手と足を合わせて地面を叩くと、阿蘇山の竜が目を覚ましこちらを見る。


目が合うと、さすがに体がすくむわね。

こっちの緑の竜が小物にしか見えなくなっちゃう。


阿蘇山に巻き付けていた紫の体をほどきながら、こちらへと首を伸ばしてくる。

谷には龍の影が落ち、そこにはにわか雨が降り始める。


ああ、下の人たち洗濯物とか大丈夫かしら。


なんか遠近感が狂ってるような錯覚を持ってしまう。

グーッと近づいてきた龍の頭は錦江湾で見かけた龍と同じくらいか、それ以上のサイズがある感じ。


阿蘇山の竜が近づいてきたので、さっきの緑の龍はびっくりしたのかしのぶちゃんを攻めるのをやめ、ちょっと山の上に退避してたりする。小物感あるわねぇ。

竜の小言から解放されたしのぶちゃんは、惚けたようにこちらをみている。


阿蘇山の竜、と言われたものは紫の、まるでアメジストのような、鉱物のような巨大なうろこが一枚一枚ゆっくりと、呼吸と共にザワザワと動いていて。

長くて絹のような光沢を持つやわらかそうな髭はゆったりと優雅に動き。

サファイヤのように青く深い色の巨大な目玉が私をじっと見る。


まるで深い海の中に吸い込まれていきそう


深海のような深い瞳に意識をうばれていると、ついっと目を逸らし佐藤くんをじっと見て。


『雨が望みか?』


と竜神が言うけれど。

もう下で雨降らせてんじゃん、みんないきなり降ってきて困ってんじゃん。

とか思っていると


「今日は担当代替わりの話をしにきました」


そう言った佐藤くんをじっと見て、またこっちをじっと見る。

目玉だけで私の身長くらいありそうなんだけれど。


『春彦ではないのか?』


「その娘が役目を交代します。それで、契約の継続を行いたいのです」


『人間の世界は忙しいな。つい先日代替わりしたと思ったが一眠りしてた間にもう次か。ほれ、では行うがいい』


といってツノをこちらに近づけてくる。

ツノっていっても太さが風力発電の風車の土台くらいあるんですけど。

近づくと、ツノはわずかに半透明で本当にアメジストの巨大な塊にしか見えない。

細かく結晶の粒子が表面を覆っていて、ところどころ大きな傷のようなもの、欠けた部分が見られる。


これは、喧嘩でもしたのか、単にでかいので寝ぼけた時に山で頭打ったのか。


これまでの場合と同じように、体液をつける必要があるのでキスをすることにした。

彼女、って言ってたから女性なのよね。

錦江湾の巨大な竜も女性だったけど、竜ってメスの方がでかいのかしら。


差し出された角は岩の崖ギリギリのとこなので、私が体を竜の角にもたれかからせるようにして口づけをする。

角に抱きついてキスするような感じ。


固くて冷たいのかと思ったけど、ほんのり暖かくて岩盤浴の石みたいな感じの心地よさがある。このまましがみついてると腰痛とか肩こりとか取れそう。


と思ったら龍はゆっくりと頭を引き


『ふむ、春彦とはまた違う雰囲気があるな。短い間になると思うが我々をうまく監視できるよう精進せよ』


そう言って戻って行こうとするので、慌てて引き止めて


「すみません、ちょっとお願いしていいですか?」


『早速願いか忙しいな、言うてみろ』


「あの緑の竜がここ通るの邪魔してくるので、ちょっとお願いして通してもらいたいんですけど」


と言うと、じろっと紫の竜が緑の龍を見る。

すると


「え、あ、いえ、貴方の知人なら問題ないです、ハイ」


とか焦って言い訳する緑の竜が。

なんか、そんな竜の姿見たくない気がする。


『だそうだ、では願いは叶ったな、あとで贄を持ってこい』


と言われ、紫の龍は去っていった、というか仙酔峡の仏舎利塔を枕にまた寝直した感じ。


上を見ると、さっきの緑の竜が


「主様の言うことじゃから特別に許可してやる」


などと、さっきと全く違う雰囲気で偉そうにしているが。

なんか、家では立派なパパが会社で上司に卑屈に頭下げてるとこ見たようなくらい、がっかりしたのはある。


竜社会も大変なのね。

隣の佐藤君を見ると、なんか頭抱えている。


「どうしたの?」


「・・・さくらさん、自分のしたことわかってます?」


「何?なんかダメなことしたかしら?」


「あの竜にお願いして、叶えてもらったんですよ」


「割と素直に聞いてもらってラッキーだったわね」


「いや、必ず等価交換が必要って話はしましたよね?」


「ああ、女子高生のキッスで動いてくれたんじゃないの?」


「そんなので喜ぶのは人間のおじさんだけです。竜にはそんなもの関係ないです」


そんなものって、佐藤君ちょっと怒ってる?


「早いところ贄を考えて用意しないといけませんね、困りましたね」


「つまり、お願いして叶えてもらったから、お礼もっていかないとってことでしょう?何がいいのかしら」


「竜が何を期待しているかわかります?」


「お菓子とか?」


「普通はそれ相応の命とか生贄、あるいは自分の一部とかそう言うのですよ」


「・・・何それ、結構ハードじゃない」


「僕に命じてくれれば、うまいことやったのに直接交渉すると思いませんでしたよ。

先に言っておくべきでしたね。

とりあえず、竜についてはしのぶさんと相談して決めるといいでしょう」


などと話していると、すごい勢いでしのぶちゃんが飛んできて抱きついてきた。


「すごい、すごいです!」


目をキラキラさせて勢いよく私を褒め称える言葉を捲し立ててくるが。私は何もしてない。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る