第88話 太鼓岩

深い霧がかかる森の中、私は一人歩いていた。

ここは、昼に行った屋久杉ランド?


・・・みたいだけど、何かが違う。


「トロッコ?」

歩道だと思っていたら急に、そこに線路があらわれてきた。

そして向こうからすごい勢いで何かが走ってくる音が聞こえる。


急いで横に逃げると、さっきまで私がいたところを大きな屋久杉の切り株が通り過ぎていく。

その上にははるなっちとヒナっちが乗ってて、すごいスピードで走り去っていった。


霧の向こうには大きな観覧車があって、その左右は大きな屋久杉が支えている。

そのゴンドラの中に高藤先輩が乗っていてこっちに手を振っている。


何ここ?


確かこっちが出口だったような。

うろ覚えで出口を目指すが、霧が出ているのと歩道が消えてしまってどこに行けばいいかわからない。


そのときに、向こうで小さなあかりが灯るのに気づいた。

それは合図を送るように小さくゆっくりまわっている。


懐中電灯のような光、誰かがあっちにいるんだわ。


濡れた苔で覆われた斜面を必死で光の方向へと走る。


光に近づくと、それはランタンの形をしていて、それを持った一人の男性が立っていた。

よくみるとお父さんだ。


「お父さん!」


私がそう叫ぶと、お父さんはにっこりと笑って


「道標を用意したから」


と言って私にそのランタンを差し出してくる。


道標?


それを受け取ろうとした瞬間、


「朝っだー!」


という声とともにはるなっちの屋久杉コースターが突っ込んできた。


「うわ!」


と飛び起きると私の枕をはるなっちが持っている姿が見える。

枕を引き抜いて叩き起こしてくれたらしい。

さっきまで見てた夢の内容を忘れてしまったじゃない。お父さんとあったような気がしてたのに。


ヒナっちもその被害に遭い、文句を言っている。

高藤先輩は先にもう身だしなみを整えカメラの準備してたりするし。


時計を見ると、3時半


「元気ね」


はるなっちに言うと


「楽しみすぎて早く目が覚めちゃった」


「小学生か」


ヒナっちがツッコミを入れながら洗面台へ向かう。

服は昨日からきて寝てたので、それに上着とライダージャケットを羽織るだけ。

荷物はリュックにすでにまとめているので、後はお弁当と水とか飲み物を入れていくだけ。


女子だけど化粧とか誰もしないから、朝の準備は早い。


受付に行くと、すでに何組か出発準備をしてる人たちがいて、挨拶なんかしながらお弁当をもらいに行く。


テーブルの上に名前が書いてあって、4個の多分おにぎり弁当が置いてあるのを手に取る。

話してる内容を聞くと、そこに集まっている他の人達は、皆荒川登山口から上人たちのようで、ツアーガイド待ちみたい。


白谷雲水峡を狙うのは私たちくらいなのかしら。


午前4時、外に車がくる音がして、一人の女性が中に入ってきた。

引き締まった体で凹凸はそれなり、髪を後ろでまとめてキャップを被り、身長は私と同じくらいでどこか山の中でヨガとかやってそうな雰囲気のある人だった。


「高藤さん達、います?」


「はい」


高藤先輩が答える、どうやらあの人がガイドさんらしい。


私たちが揃って外へ出ると


「初めまして、今日ガイドさせていただく、東雲冬美といいます。よろしくお願いします」


と挨拶をしてくれた。

東雲?明日会う人と同じ苗字。しかも名前は叔母さんと同じじゃん。


私が変な顔してたのか、何かあります?と声をかけられてしまった。


「いや、叔母さんと同じ名前だったので」


「4人兄弟姉妹で、兄二人が春彦、夏生、姉が秋子、私が冬美という季節を表したメンバーなのよ」


秋子?


と言うことは、お姉さんは東雲秋子さん?


いや同姓同名もありうる。早合点はいかんぞ。


「私の姉、昔は有名なバンドの人だったんだけど、今は田舎のおばさん」


これは、確実にそうではないか。


「バンドの名前はなんですか?」


冬美さんは父のバンドの名前を口に出す。


「っへぇー面白い!」


ヒナっちが変な声を上げた。

そこで私が明日父の相続の関係で秋子さんに会う話をすると、ガイドの冬美さんは驚いて。


「なんかご縁ですね、それとも世間は狭いと言うものなのか。

姉のお客さんでもあるなら、今回さらにサービスしちゃいますよ」


なんて言いながら、私たちは7人乗りのミニバンへと乗り込んだ。

後ろ座席に3人、助手席に一人、荷物は後ろに積んでしまう。

そこにはいろんなアクティビティに使うような道具が詰まっていて


「ごめんね、一昨日、カヤックの人案内したからその荷物が乗ったまんまで」

と言われて、今回使うわけではないのかと思ったり。


車はまだ暗い道を進み、グネグネとしたカーブを過ぎて白谷雲水峡へと辿り着いた。


車の中では私たちが女子高生だと素直に話して、春休みを利用してツーリングと、私の用事を済ませにきたのだと言う。


「へぇ、姉のバンド仲間の娘さんか、行動力すごいねー」


「いえ、なんか周りの人たちが優秀で、私が動いてないのに道ができていくっていうか」


「それだけ人徳があるんじゃないかしら?」


「そんなものはありません」


ヒナっち、はるなっちも首を横に振り


「人徳はなさそうよね」


「人付き合いも悪いしね」


お前らが言うな、ということをサラッと口に出す。


てっきり私たちだけかと思ったけど、数台車が来ていたりする。

そこでヘッドランプの使い方、それとストックを渡されて「これを両手で突きながら歩くと楽ですよ」と言われたり。

後はガイドの道案内したとこ以外は歩かないこと、などをしっかりと教え込まれ、そして「トイレの位置」を知らされる。

どうしても、って時は「携帯トイレ袋」があるのでそれで用を足してもらうわよ。

と脅されてしまったり。

朝食は車で移動するときに食べてしまい、昼食はガイドの冬美さんが用意してくれているとか。

「お金もらうんだから、美味しい野外料理をご馳走するね」

と言ってくれる。


私たちが女子高生だからなのか、姉を訪ねてきた人だからなのか、みょうに打ち解けた感じで話し始めてしまい。

なんだか、私たちも「以前から知ってる人なのでは?」と錯覚するくらいになってしまう。

こう言う人だからガイドとか仕事にできるのかな?


「本当はね、白谷雲水峡を眺めてから行きたいけど今真っ暗だから、先を急ぐことを優先して、まず太鼓岩を目指し、そこから縄文杉で昼食。

早めに行って帰ってきて、明るいうちに白谷雲水峡を堪能してもらって、帰る予定」

と本日の予定をざっくり説明され


「若いからペース早くしても大丈夫でしょう?」


と言われてしまう。

服装についてもチェックしてもらい、いざ出発!


5人で並んで、ヘッドライトで照らされた山道を歩くのは何か楽しい。

それに、周りが見えないのに木々の揺れる音とか、何かの声とかが聞こえてくるので神秘的な雰囲気があるし。


ガイドの冬美さんは聞こえてくる声についての説明をしてくれたりして、夜になく鳥とか、猿の声とか、鹿の声とか教えてもらった。


小さな川を渡るときがちょっと緊張したけど、後はそんなに問題なく。

森の上に広がる空が、段々と薄明るくなってくるのも見えてくる。


最初は星が空にあったのに、段々と濃い群青色に変わり、金星とか明るい星しか見えなくなっていく頃に、東の空が明るくなっていく。

道は結構急なところが多く、ストックを使って歩くことで4本足走行になり安全、と言われたのがよくわかる感じ。


「さすが、若いメンバーね、ペースが早くていいわ」


と冬美さんに言われるくらい、みんな元気に歩いていた。

そして、空がすっかり明るくなった時に、


「太鼓岩に到着!」


ガイドの冬美さんが告げる。 

一人ずつ、手を引かれて岩の上に登る。


そして目にするのは一面の大パノラマ。


みんな息を呑んで声が出ない。


1000メートルを超える山に囲まれ、広がる大森林。

山頂には少し雪も残っており、朝日に照らし出されてとても美しい。

しばらくぼんやりその景色を眺めていた。


即反応したのは高藤先輩。

一眼レフを取り出し写真を撮影していく。


「みんなが早かったから、誰もきてない時間にこられたね。

この景色を独占できるのは気分がいいものね」


そう言って冬美さんもスマホなどで撮影している。


「今日のブログとか私のツアーの紹介で写真使っていい?」


と言われたので「一応顔出しなしで」と言っておいた。こんなとこに来てるのがバレるのもアレだし。


「私は女子向けツアーをやってるから、若い子がたくさん写ってるとみんな安心するのよ」


そう言って、ツインテールにしてるはるなっちの後ろ姿とか、髪色の赤っぽいヒナっちなどを撮影してるとこからして、若者も楽しく来てる感じを見せたいのだろう。


なんかポーズ取らせたりしてるし。


私は自ずと横にいることが多いので


「男性向けはやらないんですか?」


と聞くと


「誰かと組んでやることはあっても、一人ではしないわ。何かあった時に対応できないし」


その何か、と言うのはやっぱりマナーの悪い男がいると言うことなのだろうか。

フェリーで見かけた男子大学生とかだったらそこまでなさそうだけど。いろんな人がいると言うことなのかしらね。


太鼓岩の上での絶景を堪能し、胸いっぱいになったところで他の人達もやってきたので、私たちは先を急ぐことにした。

すれ違いざまに挨拶をするのだけど、


「とってもいい景色でしたよ」


とかヒナっちはすれ違うおばさん達に声かけてたりする。東京行った時もそうだけど、わりと物おじしない性格なのよね。






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