第54話 ご来光 

1月1日


「ご来光を見に山に行くわよ」


と叩き起こされたのは朝6時くらい

阿蘇の日の出は7時半過ぎなのだから、急いで行く必要はないのに。


と思いながら、毛布を跳ね除けて起き上がると、そこはリビング。

あ、昨日はみんなでダラダラしながらそのまま寝てたんだった。


薪ストーブにはすでに新しい薪が入れられており、起こしにきたはるなっちが張り切って朝のコーヒーの用意してたりする。みんなで今から飲む分と、ご来光を眺める際に持っていくための分を作ってるのだとか。

「寒い中で飲むコーヒーは格別よ」とか言ってるし。


しかも食べっぱなしだった食器も洗ってたりするし、見た目よりも家庭的なとこあるのかしら。

豆から挽いて入れてるけれど、あの道具私一度も使ったことなかったなぁ。


周りでヒナっちがもぞもぞ起きてストーブ前に行き、高藤先輩はメガネをかけて洗面所へとゆらゆらと歩いていく。

顔を洗ってシャキッとするつもりだとか。ついでにコンタクト入れてくるとか。


私はリビングにある毛布とか寝袋とかマットレスとか片付けて、軽い朝食が食べられるようにその場を整える。


そして、皆の頭が起きてから、コーヒーとお菓子を朝食に、太陽を見にいく場所を話し合うことに。

大体、どこ行っても人が多いでしょうという話になって


「寒いし家から見る?」


などという話に落ち着きそうになってきたが


「ここからだったら朝日は阿蘇山に隠れていっとき登ってこないし。早く見たいなら外輪山の方に行かないと」


私がそう言うと「じゃあ、この鳥の小塚公園か、巨石の置いてあるとこ行きましょ」とはるなっちが言う。

それどこにあるの?


と聞くと、春に桜で有名な観音桜公園から上に登ったところに「いかにもあとから置いたって感じの巨石が転がってるところがあって」という話を聞かされる。

「でも、そこよりは鳥の小塚公園の方が立地がいいからそこ行きましょう」


地図を確認したり、マップを確認すると家から近いとこなので目的地は決定。

ただ、外を見ると下の集落のところあたりが真っ白。


雪じゃなくて朝霧がかかってる感じ。

昨夜の雨のせいかしら。


外の気温系見るとそこまで冷え込んでおらず、プラス気温だ。

バイクで移動してもそう問題なさそう。


ふと高藤先輩を見ると、妙にやる気になっていて、カメラのセッティングとか三脚とか動画用のゴープロとかチェックしては荷物に積み込んでサイドバッグに入れ込んでいる。


「これは、雲海が期待できるから、早くきましょう!」


雲海?


我が家は少し高いとこにあるので、たまに谷の下に霧が広がってて、雲海っぽい姿を見ることはあるけれど。


「ご来光に雲海とか何年に一度のシチュエーションよ!逃すわけには行かないわ」


カメラが趣味の人ってこんな感じなのかしら。

母はここまで気合入ってなかったと思うけどなぁ。


高藤先輩が一番乗り気になってしまい、それに合わせてみんな準備を整えていく。

7時前には出発準備が整い、暗い空がうっすら明るくなってきたところをバイクで走っていくことに。


集団で走る時はインカムがあると便利、と高藤先輩は言ってたけど、みんなそんなものは持ってないのでそれぞれで場所を確認し、ルートを確認し目的地へと走ることになる。


バイク中に会話する、という感じがよくわからないがそういう機械もあるということね。電話つないで、ハンズフリーしながら走るようなものなのかしら?

みんな、防風防水ジャケットを身につけているので、霧の中でも問題はないけどヘルメットのシールドは細かい水滴がついてきて視界が奪われてしまう。


ヘルメット用のワイパーとか欲しいわ。


南阿蘇は川が流れているところが一段低くなっており、そこに霧が満ちていて、そこを越えて、標高が上がってくると段々と霧が晴れてきたので助かった。

でも、この朝日が登っていく間に霧が濃くなっていくので、帰りが大変かもしれなしわ。


鳥の小塚公園


とは名ばかりの小高い丘があるだけのところ。

鳥居があったり祠があったりするけれど、神社というわけではなさそうな。


でも、草原にいきなり小高い丘があるとか、なんか神秘的な感じ。


私たちが到着するとすでに数人、丘の上に人影が見えており、マニアの人たちがカメラを抱えてセッティングしているのが見える。

高藤先輩は三脚とかカメラとか目一杯持ってきていたので、みんなで荷物を分散して持ってあげる。私も一応、カメラと三脚持ってきて高藤先輩と一緒に写真撮ろうとか思ってるけれど、うまくいくかしら。


杉林を抜け階段を登って小高い丘の上に到着すると、そこには石造の祠があって、馬頭観音とお地蔵さんが祀ってあるらしい。横の説明看板を見ると、牛馬の神様として祭られてるのだとかなんとか。

確かに、これだけ見晴らしのいいとこだったら何か祀りたくなるわよね。

草原にいきなり丸い丘が盛り上がってるような感じで、イギリスとかにあるパワースポットっぽい感じもあるけれど、大きさは小さいかしら。


すでにカメラを抱えているおじさんが2人いて、挨拶しながらその隣あたりにカメラをセッティングしていく。

段々と東の空が明るくなっていて、目が慣れるとライトがなくても見えるくらい。


ゴープロでタイムラプス撮影する、とか言って高藤先輩は先にそれを丘の途中にセッティングしていた。


確かに、見てる間に川から立ち登る霧が谷を覆い始めている。

カメラを三脚に乗せている間に、はるなっちとヒナっちは持ってきたコーヒーをカップに入れてお茶の準備してたりするけれど。


なんか先に来てたおじさんたちに話しかけられて、阿蘇第二高校で、写真やってるから撮影に来たとかなんとか、そんな適当な話をしてるのが聞こえてくる。


バイクに乗ってきたので、それについてもなんか話してて。

またはるなっちのマニアな話についていけなくなって、気まずい感じになるのかな、と思っていたら。

そのおじさん達はかなりバイクに詳しい人らしく、はるなっちとヒナっちの話についてきている。

先に来てた赤いダウンのおじさんはBMWのMotorradR90/6に乗ってるとかで、ヒナっちと話が合ってるようで。私は聞いてもさっぱりわからないけれど、昔の外国バイクというのはわかった。

ヒナっちのお父さんのお店の常連さんらしく、KTMの250ccのバイクをそこで購入したのだとか。

世の中狭いものである。


青い服のおじさんは、HondaのCB750Fに乗ってるとかではるなっちと話が合ってて、なんか謎の話で盛り上がっている変な空間になってるわね。

CBについての熱い話が繰り広げられてるけれど、私にとっては生まれる前の話なのだから全くわからない。


私は高藤先輩に絞りとかシャッタースピードとか聞きながら、初日の出の写真撮影の注意を聞いたり準備したり。

おじさん達はカメラにも詳しいらしく、雲海をよく撮影してるみたいで私たちのカメラ見にきてセッティングについてもアドバイスしてくれたり。


いわゆる、若い子に教えてやるで


みたいな押し付けがましいところがなく、バイクの話もカメラの話も自分の持っている知識をひけらかすことなく教えてくれるみたいな。


なんか今まで見てきたおじさん達とは違う、穏やかな雰囲気の紳士だわ。

人生に余裕のある大人っていいわ。

とか思ってしまったり。


はるなっちが用意したコーヒーをおじさん達とも分け合いながら、バイクの話とか、阿蘇の学校の話とかしてたり。

「高校生が持つには、いいカメラだな」

とか言われたけれど、親のお下がりということで勘弁していただきたい。


すぐ下の別荘地に住んでる人で、仕事をリタイヤしてから南阿蘇に住むようになった人達らしく、元々は関東の人なのだとか。

そこでバイクで若い時に、阿蘇が気に入ってしまったとか。若い時から阿蘇でバイクに乗り放題とか、いいね。と言われたりしたけれど、他の土地から見ると阿蘇ってかなりバイク乗りの聖地的なとこなのかしらね。


話をしているうちに、段々と東の空が眩しいほどに光り輝いてくる。

その時間になると、十数名くらいが丘の上にやってきて、初日の出を待ち構えるようになっていた。

ガチのカメラ勢は私たちとそのおじさん達くらいだけれど。


おじさん達も自分のカメラのとこに戻って、日の出と雲海を納めるべく微調整をしてたり、試し撮りをして明るさを調整してたりするけれど。


東の空に光の帯が広がるほどに、谷に広がる雲海が浮かび上がってきて。

山の影と明るくなっていく雲海。そして空の様子が神々しい。


とりあえず何枚か撮影してみると、なかなかいい感じ。


しかし、なかなか太陽は出てこない。

この明るくなってからが結構長い。


今か今かと待っていると、すっと音もなく太陽が山の向こうから姿を現す。

同時に広がる光が雲海を照らし、周りから歓声がおこる。

それくらい、美しい朝日だった。


冷たい風も気にならないくらい、景色に飲み込まれてしまいそう。

写真を撮影したり、その様子を眺めたり。


太陽が登るほどに濃くなっていく雲海。


山の上に出た状態になると、完全に真っ白に覆われた阿蘇の谷と、浮かぶように向こうに見える阿蘇山と青い空


そして、光に照らされた神々しい雲海。


「きれいね」


隣ではるなっちが呟く。私はうなづくだけ。


「今年もいい一年になりそうね」


そう言って高藤先輩はご来光に手を合わせてたりする。


お父さんの残してくれたバイクのおかげで、この風景が拝めているわけだから。

私も手を合わせて、父と母と、それを手伝ってくれる先輩、友人達へ感謝の気持ちを向けた。

そんな気分になってしまうくらい、美しい風景だった。


今年もより良き一年となりますように。










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